vol.5 マレー鉄道にのってマラッカへ|2001 マレー半島縦断

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早朝、シンガポール駅へ

マレー半島は道路が発達していて、鉄道より高速バスのほうが都市を結ぶ交通手段として確立されている。事実、マレー鉄道でシンガポール駅を出発する電車は1日に4~5本しかない。値段的に見ても、バスより鉄道のほうが高い。しかし、旅行者には鉄道が人気のようで、景色をゆっくり楽しみながら、出入りする乗客を眺めるのも楽しいからだと思う。シンガポールからの始発は08:10。それを逃すと次は15:00まで列車がなく、チケットも買っていなかったので早めに駅に行くことにした。5:30にチェックアウトしたのだが、いつもの宿主はビーチチェアーで寝ていた。ほんと彼は働き者だなあと、つくづく感心。たった3泊だけでも、なぜかさびしい気がする。

鉄道駅まではバスでいけるらしいが、とりあえず大通りまで出て行くことにした。バスはやっと動き出した時間らしく、車自体の交通量もかなり少ない。バス停で鉄道駅まで行くバスを探していると、バスを待っている人が教えてくれたのだが、このバス停からは鉄道駅行きのバスは通らないので、ラッフルズ・シティの前から乗車する必要があるとういことだった。ラッフルズのバス停で確認すると、97番の始発のバスがもうすぐ来るようだった。5分ほど遅れてバスがやってきた。車内はかなり混雑していた。まだまだ暗いシンガポールの街並みを走り抜けて約20分程が経過した。なんとなくこのあたりかなとバスの運転手に聞いてみたら、今泊まっているバス停が最寄りだった。ついでにどこに鉄道駅があるか聞いてみたら、道を挟んで反対側に鉄道駅があると教えてくれた。

まだ外は暗く駅のシャッターはまだ閉まっていた。横に回ってみると、お店がありそこから駅の中に入り込めた。早くチケットを買いたかったのだが、業務自体が何も始まっていないようで、1時間待ってやっと駅員が出てきた。シンガポールからマラッカ最寄りのタンピン駅までは2等席で27SD(約1,800円)。チケットは難なく買えたのだが、窓側を指定するのを忘れていて、実際座ったら残念ながら通路側だった。朝食は駅の横のお店でとることにした。座っている人はマレーシア人が多く、ほとんどの人がミロを飲んでいたので僕も飲んでみた。日本の味と同じだった。あと味の濃い魚肉ミンチのはいったサンドイッチを食べた。

国際列車マレー鉄道

出発の30分ぐらい前になると、改札が開いたようだ。マレー鉄道でシンガポールからマレーシアに入るときは、奇妙な出入国手続きがおきる。シンガポールの駅で先にマレーシアの入国手続きをする。そしてシンガポール側の国境の駅でやっとシンガポールの出国手続きをすることになっている。順序としては完全に逆となる。あと実際にかなり不安になったのだが、マレーシアの入国手続きに対しては、入国カードの記入は必要なく、ましてパスポートにスタンプさえ押してくれないのだ。係員に聞いたら、ちゃんとコンピューターでパスポートを読み取って、管理しているから大丈夫とのことだが、1つ間違えれば不法入国になってしまう。

列車に乗り込むと予想通りで冷房がかなり効いていた。やっぱり通路側というのが残念だったが、窓も大きめにつくってあり、横の人も静かなおばちゃんだったので問題はなかった。8:10には定刻どおりに列車が走りだした。しかし、考えてみれば自分が座っている席は進行方向と逆だった。ちょうど半分で進行方向に席が向いている。席は固定式になっていて、方向は転換できない。ドアの横にテレビがおいてあって、なにか放送されるようだ。あと車掌のほかに清掃係りのおばちゃんが乗っていて、わりとマメに掃除をしていた。出発してもしばらくはわりと遅いスピードで、都市部を迂回して森の中を走っていった。

ウッディランド駅がイミグレーションポイントになっていて、そこにつくと乗客はいったん全員降りる。ホーム先頭よりに出国審査の入り口があって、それが終わり列車内に誰も残っていないのが確認されると、また列車内に戻っていくというシステムになっている。約20分間の時間である。

ウッディランド駅からジョホールバル駅はものの数分。線路の脇に大きな水道管が見えた。これがシンガポールがマレーシアから購入しているという水道のようだった。ジョホールバル駅からはほぼ満席状態になっていた。ジョホールバル駅を過ぎると、車掌が検札にやってきた。そしてテレビの下にビデオを入れて、なにやら放送が始まった。短編ものが少しあって、それからは映画が始まった。言葉は英語で、それを見て過ごしている人は多かった。

窓の外の景色は、緑また緑である。ゴムの木が一番多く、規則正しく植林されているのがよく分かる。深いジャングルを走っているような幹事ではなく、ところどころに森が開けるところが多い。駅に近づくと、やっと道路や建物が見えてくるといった感じである。クルアンやなどは大きな街だったが、小さな街も多い。しかし、駅の間隔は離れているので1度走り出すと、30分ぐらいは停まらないので特急気分は味わえる。マレー鉄道自体は単線で、駅ではよく反対側の列車を待っていることが多い。要は反対からくる列車が遅れるとこっちも次第に遅れてくるわけである。反対の列車を10分ぐらい待っていて、やってきたときに列車の写真を撮ったら、運転手がなぜかピースしてくれて嬉しかった。

途中少し雨が降ったのだが、景色を見ているにはそれさえも嬉しいアクセントになる。途中で寒くなりデッキへ行ってみたのだが、扉は自動ではなく手動式。しかも、いつでも自分で開けられるのでびっくりした。約20分遅れでタンピン駅に到着した。

タンピンの街から

タンピン駅

タンピン駅は小さな駅で、20人ほど下車したが、降りた外国人観光客は私だけだった。駅は街の中心からは少し離れているようで、いったん中心部まで行ったほうが良さそうだった。詳しい地図はないのだが、しばらく歩いているとバスターミナルまでいくことはできた。

タンピンの中心部
タンピンのバスターミナル

タンピンは観光地などではないので、本当に外国人が皆無に等しい。バスターミナルで降りても、バスはいくつか停車していたが、どれがどこにいくやらさっぱり分からない。長距離バスはジョホールバルとクアラルンプールには行っているが、マラッカには行ってないようだった。停まっているバスには行き先が書いていないことが多かったが、運転手に聞いても英語は分からない。すると運転手としゃべっていた70歳ぐらいのおじいさんが英語が分かるようで、横のバスがマラッカに行くことを教えてくれた。運転手に尋ねるともうすぐ出発するということだった。実際、かなりタンピンでは心細かった。英語は通じないし、女性も9割以上がスカーフを被っているので、かなり異国の地に迷い込んだ気分だった。

タンピンには両替商などはなかったが、一昨日訪れたジョホールバルで両替しておいたので助かった。タンピンからマラッカまでは、2.5RM(約80円)で行き先を告げて、先に払う方式だった。乗客は8割が女学生のようだった。これが慣れた国ならうれしいのだが、いささか緊張した。バスは当然エアコンもないので窓を全部あけて、ドアは開けっ放しで走っているので、かなり風が入ってくる。前の車をどんどんクラクションを鳴らして走っていき、運転手もタバコをくわえながら、意気揚揚と走っていった。

1時間ぐらい走ると少しずつビルが見えてきて、マラッカに入ると道も少し渋滞していた。バスターミナル周辺はショッピングセンターとぼろい大きなホテルもあり、マラッカの交通の要所となっていた。

マラッカ

マラッカはマレー文化の発祥の地でもあり、古くからヨーロッパとアジアを結ぶ海の交通要所として栄えてきた。アジア侵略を目指すヨーロッパの国からの格好の地であり、ヨーロッパの国どおしでの戦いは頻繁におこっていたようだ。その時代の建造物がマラッカの観光スポットとなっている。ちなみに日本の統治時代もあったようだ。

カーリーフライがうまい。セットにアイスを追加して9.8リンギット

とりあえずショッピングセンターに入って食事する場所を探すが、あまり見つからず、ファーストフードのA&Wに入った。日本国内ではあまりなじみがないと思うが、唯一沖縄にあるようで(実際行きました)、奇妙な飲み物がある。ビールのような味わいのコーラである。それに1.5RMでアイスをのせてくれるようで、そのセットを注文した。マレーシア内にはマクドナルド、ケンタッキー、と並んで多い店だ。

ゲストハウスの集まっている場所までは歩いて30分ぐらいかかるようだが、街の中を歩いていくことにした。道中に観光スポットも集まっていて、ついでと思いそのまま観光してしまった。暑さとバックパックの重みでかなりまいっていたのだが、こうなるとヤケがはいってくる。そのままマラッカ1番の名所であるスタダイスに入った。中は意外と広くて、マラッカの歴史を絵を使ってわかりやすく説明されていた。スタダイスは1650年にオランダの総督が居住するために造られた建築物を、博物館として使っているもので、見ごたえはかなりある。疲れでついつい早く見てしまった。その周辺にも協会や砦などもあり、それを見ながらゲストハウスを目指した。

マラッカ時計台: 1886年に建立された
マラッカキリスト教会

ロンリー?シラーズゲストハウス

ゲストハウス街は商店街にあり、1階を商店、2階部分をゲストハウスとして使っている。そのひとつシラーズゲストハウスに入った。すごくアットホームな感じで、オーナーの「サイン」さんというインド人っぽい男の人もフレンドリーでいい感じである。部屋はドミトリーはなく、シングルかツイン。ちなみにエアコンはすべてないようで、シングル20RM(約660円)にした。部屋は広く、天井には大きなファンば回っていた。気になったのだが、窓の隙間でこれなら蚊が入り放題である。サインさんは丁寧に説明してくれて、裏には大きなショッピングセンターがあり、なんでも売っているし、それを買ってきてここで食べたら安いよと教えてくれた。入り口から中は土足厳禁で、夜間は入り口も閉まるようで、その鍵も部屋の鍵といっしょに渡してくれた。わりとしっかりしているようだ。

笑えたのが、「ロンリー」って聞かれたので、当然ひとりでちょいさびしいので「イエス」と答えた。すると「キロ、グラム、5RM」というから、なんのことやら?意味がわからず、何度も聞いていたら、やっと意味が分かった。むこうは「ランドリー」っていたのだ。自分が真剣にロンリーについて考えたのが、恥ずかしくなった。

宿の居心地はよさそうだったが、マラッカは大きな街でもなく今日の残りの時間ですべて回れそうだったので、明日も泊まることはないと思った。荷物だけ置いて、明日にはクアラルンプール(以後、KL)へ行こうと思い、切符を買いに街へ出た。先ほど長距離のバスターミナルによったときに、KL行きは明日から週末なので、学生が多く移動し混雑するということを、聞いたので今日のうちに買いにいくことにしたのである。

マラッカ海峡に近づけず

マラッカの街の中心を運河が走っていて、汚いのだが運河横には古い家が立ち並び、そこから見る風景から風情が感じられた。スタダイスのあるところが観光の中心地で、ぽっかりとした山の周りに建築物が並んでいる。

サンチャゴ砦
マラッカ・スルタン・パレス

ポルトガル軍がオランダとの戦いに供えて作ったとされるサンチャゴ砦から山にあがっていった。頂上には1521年にポルトガル人に建てられたセントポール寺院の跡がある。このセントポール寺院にはザビエルの遺骨が9ヶ月間安置されていたこともあるらしい。

山の上からのはマラッカの街も見渡せ、マラッカ海峡も一望できた。これが交通の要衝のマラッカ海峡か…。マラッカ海峡の夕陽の美しさは格別らしく、僕も見ようと思い海岸沿いへ歩いていくことにした。しかし海岸沿いに大きな橋と大きなホテルが建設中、また埋立地が進入禁止で海岸に近づくことも出来ず。

ババ・ニョニャ・ヘリテージ博物館
青雲亭(チェンフンテン寺院)

空は曇りがちだったので、どのみち夕陽は見えないだろう。そのまま先ほど歩いたオランダ広場からチャイナタウンエリアを歩いてみた。チャイナタウンエリアは、欧州植民地時代に建築されたコロニアル様式が残っている町並みだったのだが、夕方という時間帯も悪かったのかどうも活気がなかった。そもそも観光客がほとんど見当たらない。また歩道がないわりには車の通行料も多く歩きずらかったので、さらっと通っただけで観光は終えた。これで明日もマラッカに滞在する理由はなくなったので、明日のKL行きのバスのチケットを買いにいった。明日の9:45のKL行きを購入した。

観光客がいなくて商売あがったりのようです。

さてここで大きいほうのトイレに行きたくなってきた。ゲストハウスの近くのマコタパレードというショッピングモールにいくことにした。シンガポールでは洋式で、トイレットペーパーも流せたのだが、ここはイスラムの国である。大きなショッピングセンターやホテルは洋式もあると思ったが、そうはあまくなかった。マレーシアのトイレは有料が多く、入り口で何セン(RMの下の通貨)を払う。和式のようなトイレがあるが、枠がなく、横にホースがおいてある。とにかくパンツとズボンは脱いで、ドアノブにかけた。用を足したら、ホースでいきよいよく、お尻を洗う。かなり広範囲に水が散るので、しばらく乾くのを待って、パンツを履いたが、結構湿ったままである。清潔感という点ではいいのだが、湿っぽいパンツが少し気持ち悪かった。

暑い中をずっと歩いて観光してたので思いっきり喉が渇いた。こういう時は無性にコーラを思いっきり飲みたくなってしまう。ケンタッキーで大きなコーラを買い、ついでにチキンナゲットも注文。大きな金額の紙幣しかなかったので、店員の女性になにやらマレー語で「細かいのないの?」って言われた気がしたので、ズボンのポケットの生地を中から出したら、「持っていないよ」的なジェスチャーをしたら笑って納得してくれた。笑顔がかわいい店員さんだった。

部屋の窓の隙間があり蚊が入ってこないか気になったのでガムテープ、あとタイガービールを1本とジュースを買ってゲストハウスに帰った。共同スペースでビールを飲みながら、日記を書いていると、海が近いからなのか、いい風が入ってきてとても気持ちがよかった。サインさんの友達もいて、日本語で「アツイネー」とか冗談交じりで話し掛けてきてくれた。長期滞在している人も多いようで、60歳過ぎの老夫婦が買ってきた果物をナイフで切って食べ、お小遣い帳を丁寧につけて、小さいボードゲームをしていた。とても心にゆとりがある表情で、こっちもとても穏やかな気分になった。その後水シャワーを浴び、夕食がチキンナゲットだけでは少しお腹がすいたので外に出て行ってみたが、バー的なところはあったが、普通の屋台っぽいところは閉まっていたのでそのまま帰ってきた。部屋は暑かったが、大きなファンがいい風を送ってくれてた。さすがにみっちりスケジュールに体が疲れていて、しっかり熟睡ができた。

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