vol.7 首都クアラルンプール2|2001 マレー半島縦断

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セントラルマーケット

夜中に部屋の電灯が点灯し、眩しくて2回ほど起こされた。部屋の電気と廊下の電気が同じスイッチになっていたからである。トイレに行くのには廊下の電気をつけないといけないようで、急に明るくのだから起きてしまう。廊下のスイッチに「AM1:00~AM6:00 電気をつけないで」と書いておいたら、それ以降は点灯することはなかった。

朝9時に起床。夜行列車に乗る前にシャワーを浴びたかったので、夕方18時までに使いたいと伝え、追加料金12RMを支払った。セントラルマーケット前のマクドナルドで朝食をとる。日本のハンバーグの味が少し違う気がした。セットのコーヒーには、シュガーとクリープがそれぞれ5つずつ、計10個もついてきた。マレーシアの人は甘党が多いのか?さすがにこの量には驚かされた。10時にセントラルマーケットがオープンしたので行ってみた。

オープンして間もないので、営業している店舗は3割ぐらいしかない。人は少ない。売っているものは民芸服、骨とう品、雑貨などが多い。別名パサール・スニ、芸術市場なのである。どちらかというと観光客向けなお土産市場な要素が多いようだ。

セントラルマーケット前のハン・カストゥリ通りは歩行者天国となっていて、暇そうなマレーシア人がたくさん座り込んでいた。おしゃれっぽいレストランも多く、横には映画館があり、デートコースのひとつになっているようだ。

クアラルンプール観光地めぐり

スルタン・アブドゥル・サマド・ビル
ムルデカスクエア(独立広場)

クアラルンプールは観光地と呼ばれるところは少ない。ほぼムルデカ・スクエアと呼ばれるところにあつまっていて、入ることの出来ないものがほとんど。最高裁判所などのイギリス統治時代の建物が多い。1957年にイギリスから独立したばかりなので、それも頷ける。ムルデカ・スクエアそのものは独立広場と呼ばれる広場で、世界1高いという高さ100mのフラッグポールにマレーシア国旗がなびいていた。

マスジッド・ジャメ
2つの川が合流する地点付近

街の中央を流れるクラン川とゴンバック川の合流地点に建てられたマスジッド・ジャメとよばれるモスクもイギリス人建築のもの。ヤシの木に囲まれて静かな感じがする。モスク内の礼拝する場所の床は大理石でピカピカに磨かれていた。昼間だというのに、大理石のうえはとても涼しそうで、のんびり雑談している人もいた。実は、そこに流れている川こそがクアラルンプールの名前の由縁らしい。マレー語で「濁った河」で、流れている川の水は現在も茶色く濁っていた。19世紀半ばにスズ鉱山採掘のために船着場がここにできて、それを起点に大都市へと発展したということ。河の周りはきれいに整備されていて、散歩コースにはなかなかよい。

週末の人気スポットKLCC

ムルデカ・スクエアからはKLCCまでは、1999年に開通したばかりの地下部分のLRTでいける。先頭車両の窓は一際広く作られていて、トンネルの内部がよく分かる。トンネルはほとんど直線が少なく、カーブが多い。ただ地下に作られると、電車を待っている間も涼しいので気持ちがよい。ここのLRTは昨日乗ったLRTとは別会社でとおしで切符を買うことはできず、乗り継ぐときは割高になる。

クアラルンプールには市内を見渡せるタワーが2つある。1つはKLタワーと呼ばれる世界第4位の高さを誇る通信塔で、421mになり1996年に完成。もう1つがビジネス街KLCCにあるペトロナス・ツイン・タワーで高さは452mあり、世界一の高いビルとなっている。ペトロナスはマレーシア国営石油会社で、建設は日韓が担当。片方のタワーを日本が、片方を韓国が築きあげた。韓国の建築技術はもう日本と同等になっているのだなあと感じる。完成は1998年である。

LRTのKLCC駅で降りて、地上に上がる階段から見上げると、ペトロナス・ツイン・タワーがすごいインパクトで目に飛び込んできた。かなりの高さであるのがわかるのだが、それよりもその外壁のつくりから要塞のような奇妙さが面白い。まるでアニメにでてくる「バベルの塔」?のようだ。なぜKLタワーではなく、こちらにきたかというとただ、無料で登れるというところが魅力的だった。しかし受付のところにいくと、制限がいろいろ厳しかった。切符の配布自国が1日に2回。それを逃すと受け付けないとのことであって、もうすでに午前の部は終わって、次は14:30からだった。今は11:00だったので、タワーの下には大きなショッピングセンターもあり、紀伊国屋書店もあるようなのでそれまで時間をつぶすことにした。

タワーの下のショッピングセンターはスリアKLCCと呼ばれ、中にイセタンもはいっている。驚いたことに昨日までどこのデパートに行ってもわりあい空いていたのに、ここは大変な混雑である。日曜日ということもあったのだろうが、地下鉄からの入り口などは人とすれ違うのに、肩がぶつかるほどである。しかしそれも納得できる。なんせ新しくて、洗練されている。シンガポールにはどこにでもあったようなショッピングセンターであるが、クアラルンプールではここにしかないのだろう、ショッピング客がすべてここに集まってきたようにも思える。

イセタンの中にある紀伊国屋書店でしばし時間を潰した。やはり日本語は恋しくなるもので、2時間ほど読書タイムにあてた。ついつ い長居してしまう理由は、ベンチがあるからである。ゆっくり座って読めるのだから時間などぜんぜん苦にならない。また日本人も集まってくるので、ついついどこかホッとする。現地在住の家族連れなどが多かった。

それから昼食をとりにフードコートに行ったのだが、これがすごい混雑ぶり。かなりのスペースもあるのだが、空いているテーブルを探すのがかなり困難。さすがにマレーシア系料理が多い。その中で麺類を売る店で、「プラウン・ミー・スープ」を頼んだ。わりと辛くて、かわった海老の粉末のにおいがとてもきつい。いささかおいしいとは思わなかった。なんとなくマレーシア料理は好きになれない。僕にとっては味のポイントが違う気がする。特にタイ料理と比べると、具材はほとんど似ているが、味付けはかなり違う。

時間になったので、チケット受付のとこにいくと、びっくりさせられた。すごい長蛇の列である。とりあえず、ここまで3時間以上待ったのだから並ぶことにした。無料ということで、観光客以上にマレーシア人も多かった。結局チケットをもらえたのが1時間後で、 なんともらったチケットの入場時間は16:30以降に制限されていた。さすがにマレー鉄道の時間もあったし、荷物もまとめていなかったので、帰ることにした。

初の夜行列車

2階がゲストハウス

宿の帳場にいるおっちゃんと握手をかわして、駅へ向かった。シャワーを浴びたばかりだが、さっそく汗が出てくる。駅へ着いて、バタワースからバンコクまでのチケットを予約した。話ではかなり人気が高く予約しづらいと聞いていたが、そのとおりで明日に出る列車は満席だった。明後日には空いてるようで、ペナン島には1泊することになった。なぜ予約をあせってしたかというと、バンコクの正月が近づいてきているので、正月に入ってしまうと満席が続くであろうから。地図上でも、バタワースからバンコクはかなりある。ペナン島からタイに入って、サムイ島やプーケット島などにいくことも考えていたのだが、ソンクラーン(水掛祭り)を見ることに決めた。なんせ1年に1度しかなく、この新年度の4月の中旬に休みを取って旅行に来るなど会社員ではとても非常識なことだから。

時間があったので、駅構内のファーストフード(A&W)で軽く夕食をとった。昨日であった古橋さんに、また会わないだろうかと考えていたが、会うことはなかった。ミネラルウォーターの2リットル入りを売店で買った。実は2リットル入りはとても大きいのだが、手で持つとってみたいなのがついていて非常に便利なのだ。実は今までは小さいのを買っていたのだが、昨日古橋さんが持っていて非常に便利そうだったので買ってみた。わりと長持ちはするし、ポーチだけで行動しているときはとってがあると便利である。

蒸し暑い中、駅のホームで待っていると、出発の30分前に列車が入線してきた。列車は寝台車はもちろん、普通の座席もある。割合としては普通の座席のほうが多く、70%はある。やはり値段的に地元の人が使うには、こちらのほうが人気があるのだろうか。寝台は日本の寝台列車と違って、真ん中の通路を挟んでベッドが横並びにある。下段のほうが人気がある。ちゃんと足をつけて座れるし、窓が広い。上段はいちいち登るのが面倒だし、窓がせまい。残念ながら上段しかとれなかったのだが、それでもベッドは硬くてきもちよく、シーツも清潔でとても気持ちよかった。

外国人らしい人の割合は2割ぐらいであとは、マレーシア人のようだった。なぜか向かいの下段のベッドのおばちゃんと目が良く合い。軽く挨拶は交わすが、おそらくお互い言葉は分からないのは承知のうえで、深くは話すことはなかった。しかしよく目が合うのもで、そのたびに会釈して軽く笑うようになった。定刻の20:30には列車が走り出した。クアラルンプールの街中を走っているときは、外の景色を見たりしたが、ひとたび市外にでると明かりもほとんどなく見るものもない。出発してすぐに検札がきて、その後1度だけ車内販売があった。マレー語の後に、英語で「ナシゴレン」というのが聞こえた。ちょっと興味がわいたのだが、あまりお腹も空いていないしやめておいた。向かいのおばちゃんは、紙に包まれたナシゴレンを食べていた。おいしそうで、少し後悔したが、満足に座れることも出来ないので、仕方ないと自分に言い聞かせてた。1時間もするとみなカーテンを閉めて、睡眠にはいっていた。僕も11時半にはねむりについた。

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