vol.15 帰国|2001 マレー半島縦断

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バンコクでの13日間

2001年4月27日。ソンクラーンが終わってから13日間が経過していた。バンコクに着いてから、2週間以上が経過していた。

僕はこれからの深夜便で日本に帰らなければならなかった。ソンクラーンが終わってから、どこか気が抜けてしまったところがあったのかもしれない。そしてマレー半島縦断という当初の目的が達成してしまった以上、限られた期間の中でどこかへ旅立つという気にはならなかった。しかし、そんなことは自分の中で言い訳にしか聞こえない。ただバンコクでの毎日が楽しかったのである。もうどこかへ行く気にはなれなかったのが真実だった。

ソンクラーンで仲良くなった人たちは、徐々に次の目的地へ旅立って行った。しかし、意外なことに半分ほどの人は、今日までそのままどこへも行かなかった。だから、宿にいれば、常にだれかと話をしていたし、外食をするにしてもだれかと行き、一人になることは少なかった。

宿前で見送り。自分以外は良く似ている気がするな…。

堕落した12日間

だいたいの毎日がこうだった。寝不足ながらも目が覚める。そして寝汗を落とすべくシャワーを浴びる。歯を磨く。洗濯物がたまっていれば、洗濯をする。洗濯機もあったのだが、大半が手洗いだった。もしお腹が空いていれば、近くの10バーツラーメンの店で朝食。ただ朝食自体食べることが半々だったかもしれない。

午前中のうちにネット屋に出かけることが多かった。ちょっと体をエアコンの中で冷やすという目的も少しあったかもしれない。そして昼ご飯を食べる。その後ずっと宿でだらだら誰かと話しながら過ごしたり、昼寝をしたり。そうでなければ、伊勢丹に出かけた。週末にはウイークエンドマーケットにも行ってみた。

そして夕食は宿の友達とどこかへ食べに行く。そのまま宿の1階で話し込んだり、近くのクラブに踊りに行ったり。カラオケに行った日もあった。そして夜更かしをして寝る。次の日は当然起きるのが遅くなった。

大げさに言えば、今まで体験したことのないような、堕落した12日間と言っても良かった。

ランブトリー通りの屋台にて。やっぱり奥にいる自分が一番似ていないかも・・・

カオサングルメ。

カオサン通りにたくさんあるパッタイの屋台
海老ガーリックライス30B(約90円)

また何より居心地が良かったことは、タイ飯の旨さが一番だったかもしれない。カオサンには屋台や安いレストランがいくつもあるが、おおよそハズレはない。しかも嬉しいことに、タイも米食文化だし、麺類も好きときている。代表的な安いタイ料理はカオパット(焼き飯)、パッタイ(焼きそば)、バミーナーム(小麦粉麺の汁入り)はどれもおおよそ20バーツもあれば、屋台で食べることができる。少し豪華に海老なんかをプラスしてもたかが知れている。

バミーヘーン(小麦麺汁なし)10B
キアオナーム(ワンタン汁あり)

中でも大半の朝食を通ったワッタナーの10バーツラーメンはカオサンでも特に有名で、安いタイの物価でもさらに安く10バーツ(約30円)でラーメンが一杯食べることができる。安くて味も抜群となれば通わずにはいられないというものである。

また日本風のラーメンの店「レックさんラーメン」もしばしば通った。料金は60バーツ前後(約180円)と少し高いものの、かなり日本のラーメンに近く、ボリューム感もある。とんかつやレバニラなどの定食もボリューム満点。カオサン到着最初の日に行ったランブトリー通りの屋台も、何を食べても旨かった。

ナーバスだった帰国日

こうしてバンコクで2週間過ごした。決して僕自身の中で無駄な時間だと思っていない。色々な人との出会いは自分にとってプラスだったし、なにより楽しかったから良かったのである。そう旅なんてそれぞれの価値観があるけど、楽しければそれでよし。そう考えることにした。仲良くなった友達と最後に近くのタイスキ屋で晩餐をした。みんなソンクラーンからの滞在組だった。みんなに見送られながら、宿を後にした。

100バーツ札で切符を買い、エアポートバスに乗り込む。バンコクの景色を車窓に眺めながら、自分がナーバスになっていることに気がついた。なぜか寂しかった。仲良くなった友達との別れのせいかもしれないし、タイを離れることへの寂しさかもしれない。しかし一番大きかったのは旅はこれで終わりと決めていたことへの寂しさだった。実際働いていると1ヶ月もの長い旅をすることは不可能である。もちろん旅行から帰れば仕事に就かなければと思っていた。だからこの旅は最初で最後のバックパッカーの旅だと決めていたからだ。もう終わりなのか。そんなことを考えていると、バスはドンムアン国際空港ターミナルに到着した。僕は早めにチェックインを済ませ、飛行機に乗り込んだ。そして席に座っていると離陸したことも知らず、僕は眠りに就いていた。

次の旅

目が覚めると機内食のサービスが始まっていた。いつも以上にゆっくり寝ていたのかもしれない。何よりひさびさにエアコンの付いた涼しい場所で寝られたからなのだろうか。窓のブラインドを開けると、太陽は昇りきっていて青空が広がっていた。

気持ち良い旅の余韻に浸りながらも、どこか本来の自分に戻っていた。昨日のナーバスな感情はなんだったんだろう。おそらくこの時、旅は次もあると心の中で決めていたからだろう。バックパッカーを続けたければ、続ければいいのである。旅に出たければ、出ればいいのだ。そう旅に出たくなったら、旅に出よう。

日本に帰国してから2週間、毎日僕は海外にいる夢を見た。

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