やっとのことで。
2001年4月12日。朝6時前だっただろうか、あれからわりとぐっすり寝ていたようだ。額には脂汗がべっとりしていたが、さすがに疲れから起きることはなかったみたい。すっかり外の景色は、田舎とはうってかわっていた。道もすっかり舗装された中を走っている。遠くにはビル群も見えてきた。するといきなり車内には大音量のタイ音楽が流れてきた。それがかなりの音量でみんなびっくりして起きたようで、どうも手荒いモーニングコールのようである。それから30分もしないうちに、カオサン通りの近くにバスは停まった。荷物をもって、昨日会ったスイス人に最後にあいさつに行くと、どうやらいっしょにカオサンまで行って欲しいようだ。実はまだ私もあんまり分かっていないのだが、なんとなく分かりそうだったので、いっしょにカオサンまでいくことにした。
カオサン通りへ無事到着するとと、通りの真ん中にとても大きなステージがつくられていた。どうやら、これはソンクラーンの会場のようだ。ソンクラーンはタイ暦の正月を祝う祭りで、人同士が水を掛け合うことで有名な祭りである。これを楽しみにバンコクへ急いでやってきたのだが、どうやらこのカオサンでも盛大に行われるようである。
結局、カオサン通りを通過して、チャクラッポン通りまで出たところで、スイス人の彼は「うるさそうなので、もう少し離れたところで宿を探す」ということで、分かれた。私もだいたい泊まりたい宿をピックアップしておいた。そして何よりも今は日本語で誰かとしゃべることに飢えていたので、日本人が集まりそうな宿をあたることにした。
日本人宿「チャイディーゲストハウス」
カオサン通りからの1本裏の道にある「チャイディーゲストハウス」を目指した。ここは日本人が経営しているゲストハウスで、たくさん日本人が集まっているという。何も外国行ってまでと思うが、やっぱり日本語が喋りたいのである。ゲストハウスの前には、「カレー」とか「氷」とか漢字で書かれたノボリがあったのですぐに分かった。入り口付近の宿泊者に聞いてみたが、どうやら満員ではないようで、中に入ってスタッフに聞いてみた。シングルはいっぱいだが、ドミトリーが空いている。長期間滞在するつもりだったので、シングルよりもドミトリーのほうがありがたい。
日本語人スタッフが建物内を丁寧に説明をしてくれた。1階がレストランと受付、2階が個室と漫画などのある遊戯ルーム。3階~5階が客室で、4階が男性専用のドミトリーになっていた。ベッドは2段になっていたが、下段を選んだ。とにかく荷物を降ろして、ほっと一息ついた。まだ7時過ぎだったので、まだ涼しかった。さっそく、前のベッドの人と1時間半も喋ってしまった。久しぶりに使う日本語は嬉しい。男子ドミトリーのベッドは7割ぐらいはうまっているようで、20歳代の人が多いようだった。とりあえずたまった洗濯物を洗いに、屋上のべランダへ干しに行った。わりと眺めが良く、王宮が見える。なんとなく外は騒がしくなっている。ソンクラーンが始まったようだ。
そうえいば朝から何も食べていないので、お腹がすいてきた。1階のスペースは基本的には、レストランなのだが、ジュースなど飲んでいれば別に居座ってもいいみたい。そこでゆっくりしていると、さっき少し上で喋っていた同年代の3人組が食事に誘ってくれた。お任せるままに裏通りへ行った。どうやらおすすめの店があるみたいで、ここの屋台が一番うまいらしい。歩道に食材がおいてあって、建物の間の脇道に調理するガスコンロが1つ。そして道の端にイスとテーブルが置いてある。メニューも日本語が置いてあるせいか、客は日本人が多いようで、この店で食べてた半分ぐらいが日本人だったのにはびっくりさせられた。


その中で僕はあんかけご飯を注文した。ガスコンロですごい火力で調理しているようで、とても野菜がシャキシャキしておいしかった。味付けもばっちりである。みんなが食べていたものも、とてもおいしそうであった。これからこの店に行くことが多くなった。みんなと話していると、みんな本当に同年代で、2人は同じ歳で、もう1人はひとつ上だった。ははは、この歳は旅に出る理由が何かあるのだろうかと、思ってしまう。
盛大にソンクラーンスタート。
道は徐々に騒がしくなってきて、水を掛け合う人が増えてきたようである。ゲストハウスに戻ると、さっそくずぶぬれになって女の子が帰ってきたようだ。なかなかおもしろうだった。とりあえず、カオサン通りまで出ることにした。するとかなりの人が水を掛け合っている。結局、武器を持たずに、いったので一方的に水を掛けられるだけになってしまった。しかし、最初はなんでこんなに水かけらないとあかんねんとか思ってた。最初は水をよけていたのだが、だんだんどうでもよくなってきた。振り切ってしまえば、かなり楽しいものである。
武器というのは、水鉄砲のことなのだが、これがかなりの優れものが多い。一番威力のでかいのが、長さ約1mぐらいのパイプを2つあわせて、押す力で水を発射するものである。単発しかはあ社できないが、水の量、威力ともに素晴らしいものがある。他に背中にポンプをつけて、中型の水鉄砲で発射し続けられるものもあり、その種類は豊富である。ただせこいのがその水を打っているところだ。1リットルで5バーツ(約15円)。1本で考えると安いのだが、でかい水鉄砲でうつと、3回ぐらいでなくなってしまうのである。でっかいドラム缶に入れて水を売っているのだが、欧米人はお金を払わずにどんどん水を使ってるのが、目立つ。その点、日本人はわりとまじめだなあ。とにかく1度、チャイディーに戻ることにした。

ソンクラーン。なかなか楽しいものである。ぜひ写真をとりたいのだが、残念ながら防水加工をしていない。思いついたのが、 ペットボトルの底はわりときれいなので、そこを切り取って、レンズの前にもってきて、そのほかをビニールでぐるぐる巻きにするのだ。かなり厳重に巻いた。なぜなら、水をかけられる量が半端ではないからだ。準備万端でいざ出陣。


初日のこの日はまだカオサンの人通りには余裕があったので、写真もわりと撮れた。こっち向いてうつってくれる人もいたので、おもしろかった。これが翌日になるとそれどころでは、なくなってたので、良かった。そしてこの頃から、水を掛けられるだけではなくなってきた。顔にパウダーを塗られるのである。そのパウダーはいったいなんなのか分からないのだが、水に浸けてあって、ドロドロとしたクリーム色の状態になっている。それを顔にドロッと塗られたり、服につけられたりする。どうやら、塗りあっているのは、異性同士が多いようだ。まあ、人間の心理的に別に同姓につけたくないか(笑)。まあ女の子につけられるのだから、さほど気は悪くない。男につけられたら、腹たつけど。

子供の頃のように。
ゲストハウスに戻るとその頃には、前でも戦争状態。ゲストハウスの前の道は奥は行き止まりなので通行人はこない。水をかける相手は、泊まっている人か、たまに迷いこむ人、あとは近所の家の子供ぐらいなもんである。水はゲストハウスが協力してくれて、大きなゴミ箱に水を入れてくれて、使い放題。これはかなり助かるが、水が無限にあるのでどんどんエスカレートしていく。屋外のレストランスペースで水をうちあい、びしょびしょになる。なぜかこれが楽しい。まるで子供のときに遊んだときのような感じである。
水を掛け合っていると、道にはかなりの水がたまる。なぜか右隣の家が少し低くなっていて、水がすべて流れていくのである。そしてとなりのおばちゃんが怒鳴ってきた。「・・・・・・!」。どうも中国語なのでぜんぜん分からないのだが、結構な怒りようである。入ってきた水を指さして、水を戻せとアピールしてくる。ホウキではいて水を戻すと、事は収まるのだが、また悲劇は再び繰り返されるのである。
結局この日は、2回着替えることになった。それでも、4月はタイでは最も暑い暑季、晴れていれば数時間も干していれば、すぐに乾燥している。シャワーもお湯がでない水シャワーなのだが、気温が暑いので、ほとんどホットシャワー状態になっている。熱いお湯が出たとしても、水で浴びる人がほとんどだろう。遊び疲れたので、少しベッドで昼寝をすることにした。
たまり場。
夕食はゲストハウスの1階のレストランでカレーを食べた。なんとも懐かしい日本のカレーだった。じゃがいもたっぷりの給食で食べたようなカレーだった。なぜかその後、ビールを1本注文。タイの物価はおおよそ日本の5分の1程度と安いのだが、ビールに関してはしてはそこまで安くはない。350mlの瓶で30バーツ(約90円)だから、ビールは半額ぐらいだ。タイのレストランでビールを飲んでいる人はわりとない。ビールが好きな私にはほかに選択肢はなく、延々とビールを飲んでました。
1階はレストランなのだが、実際にはたまり場になっている。もちろん客も来るレストランなので、ちゃんとドリンク類は注文して飲んでいる。瓶のファンタやコーラが1本10バーツ(約30円)。なんだかんだ、話はじめると長い。だいたい遅くまで起きているメンバーというのは決まって、昼間に起きる必要のない人たちが多い。次の目的地に出かけるまでの休みみたいな人もいるし、あと観光せずにただゆっくりしている人もあいる。みんな旅の話は大好きだ。どこへ行ったとか、これからどこへ行くとか、もちろん情報交換の意味もある。しかし、みんな旅行に関してはすごい。僕なんか本当まだまだで、インドシナ周遊とか、アジアを列車とバスで横断とか、本当に尊敬してしまうほどレベルが違う。4月の中旬ということもあり、実際学生や働いている人は、この時期に旅行にでることは不可能である。みんな仕事は無職、お金をためて旅行に出たとか、仕事辞めて旅行にきているっていう人ばかりなので、親近感が余計にうまれる。そういうこともあり、だんだんと旅行の話をしなくても、年代が近いということもあり、人生の話や、恋愛の話などにも話が咲くのである。結局この日は朝の4時まで。バンコク滞在最初の1日は、とても楽しかった。

