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vol.18 天空の温泉、そしてチリへ【2009 南米2か月】

5時の出発時、外はまだ真っ暗だった。ジョニーの部屋の前を通ると、出発10分前なのに、大きないびきをかいて熟睡中。まあ、さすがに疲れもたまっているだろう。

最初に訪れたのは、ソル・デ・マニャーナ(Sol de Mañana)と呼ばれる間欠泉地帯。スペイン語で「朝の太陽」という意味で、標高約4,850m、エドゥアルド・アバロア保護区の中にある。名前の通り、朝が一番の見どころらしく、ちょうど夜明けと重なって幻想的な光景が広がっていた。

噴き出す蒸気に手をかざしてみると、ちょうどよい暖かさ。間欠泉というより、蒸気がずっと漂い続けているような感じで、水蒸気とガスが混ざった白い霧が地面から絶え間なく立ち上っていた。

ぐつぐつと泥が沸いてて、硫化水素っぽい臭いがします。日本の温泉地のいくつかでもこんな匂いがするところはありますね。

時計の高度計が4,800mを超えた。これがこの3日間のコースで最も高い地点だろう。その数字をみんなで代わる代わる写真に収めた。

そしていよいよ、待ちに待ったテルマス・デ・ポルケス(Termas de Polques)へ到着した。標高約4,394mにある天然の露天温泉でLaguna Saladaの西端にあるポツンとある。

到着したのは朝7時ごろ。外気は刺さるように寒いのに、湯気が立ち上る湯船が恨めしいほど暖かそうで、入るか入らないか、しばらく迷った。

温泉に入る前に、朝食の準備ができたとジョニーから声がかかった。温泉のそばにある施設の中で頂く。昨日と同じく簡素なトーストだけかと思いきや、手作りのパンケーキに、ヨーグルト・フルーツ・コーンフレーク入りのデザートまでついていた。パンケーキは昨日のうちに焼いておいたものだという。

せっかくなので水着に着替えて温泉へ。旅に出てから2週間以上、湯船につかっていなかった。それが標高4,000m超の天然温泉とあって、もう最高に気持ちよかった。

ツアーから離脱、さよならボリビア

チリの国境が近づくにつれ、複雑な気持ちになってきた。次の国へ進むことの嬉しさより、この絶景ドライブが終わってしまうという寂しさの方が大きい。

Cerro Sairecabur 5,449 m

サイレカブール山(Cerro Sairecabur)の最高峰の標高は 5,971メートル。山頂の南側(左側)には直径約4.5kmにも及ぶ巨大なカルデラ(爆裂火口のような凹地)が広がっています。このカルデラが形成される前(山体が崩壊・噴火する前)は、標高が 7,000メートル 近くあった可能性があり、かつては地球上で最も高い火山の一つだったと考えられています。

最後の見学ポイントは、ラグーナ・ベルデ(Laguna Verde)。スペイン語で「緑の湖」という名の塩湖で、標高4,300m、チリとの国境沿いに位置しています。あの緑色の正体は、湖に溶け込んだヒ素や鉛、硫黄などの鉱物で、風の強さによってターコイズから濃いエメラルドへと色が変わります。ご覧のとおり、この日はそれほど鮮やかではありませんでしたが。

右にそびえるリカンカブール火山(5,916m)はほぼ完全な円錐形。対して左のフリケス火山(Volcán Juriques、5,704m)は、直径1.5kmの大きな山頂火口を持つため山頂付近はなだらかになっています。

AIにてアニメ風写真に変換(2026年追加)

最後にみんなで記念写真を撮ろうと提案した。振り返ると、このツアーを通じて全員揃って写真を撮ることがなかったくらい落ち着いたメンバーだった。ジョニー、もう少し写真撮影を盛り上げてくれてもよかったんだけどな。

ほんと天気に恵まれた3日間のウユニツアーでした。

スペイン語しか話せないので案内はまったく聞き取れなかったけれど、まじめで安全運転、なにより料理上手のいいドライバーだった。こっそり10USDのチップを渡したら、このツアーで一番の笑顔を見せてくれた(笑)。ムーチャス・グラシアス、ジョニー。

10分ほど走ると、チリとの国境Hito Cajones(イト・カホネス)に到着した。ジョニーからバスのチケットを手渡される。チリ側へ向かうバスの出発時間にはまだ間があり、ツアーメンバー全員が乗ってきた車を先に見送ることになった。国境を越えるのは自分ひとり。なんとなく、ちょっぴり寂しい。ここからまた8時間かけてウユニへ戻るらしい。

ボリビア側のイミグレーションは、山小屋のような小さな建物だった。こんなに質素な施設は初めて見た。出国税はウユニの町で事前に支払い、その領収書をここで提示して出国スタンプをもらう仕組みだった。手続きはあっけないほど簡単に終わり、これでボリビアともお別れだ。

続々とほかのツアーの車も到着してくる。途中でほとんど出会わなかったけど、同じようなルートでウユニからチリに抜ける観光客は、わりと多かったようです。チリからは綺麗なミニバスにのって移動です。

3か国目チリ、国境越えたら別世界

チリに入ったとたん急に道が綺麗になりました。ミニバスも綺麗だし。ペルーからボリビアにはいったときは感じませんでしたが、ボリビアからチリにはいったときは国の違いをはっきり感じさせられました。

さっきラグーナ・ベルデ越しに眺めた2つの山が、今度はチリ側から姿を見せている。同じ山を、裏側から見ているが、左の円錐形のリカンカブール火山(5,916m)は姿はほぼ変わらない。富士山を山梨県側から見た後で、静岡県側から見たようなものか。

国境を超えるとどんどん坂道を下っていきます。国境から30分延々下って来たけど、後ろを振り返るとほぼ真っすぐな道だし、景色は見えているものは何も変わらない。

チリ側のイミグレーションは、サン・ペドロ・デ・アタカマ(San Pedro de Atacama)の町の中にあった。国境から約45km、標高は約2,400m。ラグーナ・ベルデ付近の約4,300mから一気に下ってきたことになる。わずか30分ほどで2,000m近く標高が下がった計算だ。逆コースで来ていたら、それだけで高山病になっていたかもしれない。

サン・ペドロ・デ・アタカマは落ち着いた雰囲気のいい町だった。ただ、昨日からずっと砂と岩の世界を走り続けてきたせいか、ここに滞在する気にはなれなかった。そのままサンティアゴへ移動することにした。

しかし、サンティアゴ行きのバスは満席だった。ドライバーに聞くと、近くのカラマという町まで行けばサンティアゴ行きのバスが出ているというので、とりあえずカラマへ向かうことにした。
バスを探していると、リマで一緒に旧市街地を歩いたD君にばったり再会。彼もサンティアゴへ行く予定とのことで、一緒にカラマへ向かうことになった。
チリに入ってバスの快適さが段違いになった分、物価も予想以上に上がっていた。サン・ペドロ・デ・アタカマからカラマまでのバス運賃は2,500ペソ(415円)。まだチリの通貨を持っていなかったので、D君に借りた。

このあたりチリ北部一帯は、南北約1,200kmにわたって細長く伸びるアタカマ砂漠。面積は北海道とほぼ同じくらいだが、極地を除けば世界で最も乾燥した砂漠として知られている。窓の外には砂だけの広大な世界が続き、景色は単調だった。バス車内には冷房が効いていて快適だった。

カラマでのバス探し

サン・ペドロ・デ・アタカマからバスで約1時間半、カラマに到着した。バスはTurbus専用の発着所に乗り入れた。

さっそくサンティアゴ行きのバスを探すが、残り1席しかない。とりあえず18時15分発の便を1席だけ予約して、もう1席をなんとかしようと周辺をウロウロした。地球の歩き方にもカラマの情報はほとんど載っておらず、頼れるのは自分の足だけ。結局ターミナル周辺ではバス会社を見つけられなかった。

近くにMall Plaza Calamaという大きなショッピングセンターがあったので、食事がてら入ってみると、冷房が効いていてとても快適。砂漠の熱気から逃れるオアシスのような存在だった。そしてモール内にいくつものバス会社のオフィスが並んでいて、もう1席分も予約できた。結局2人は別々のバスでサンティアゴへ向かうことになった。

場所を尋ねると、地元の人がみんな親切に教えてくれた。そしてチリ人の多くが欧米人のような容姿をしていること。ここが南米であることを、つい忘れてしまいそうになった。

ひとまず落ち着いて、ショッピングセンター内のフードコートで昼食をとることにした。中華のビュッフェランチで、ドリンク付き2,990ペソ(約500円)。ボリビアとの物価の違いに、改めて戸惑いを感じた。

カラマの長距離バスターミナルはモールから少し離れた場所にあり、タクシーで移動した。結局2人は別々のバス会社でサンティアゴへ向かうことになったが、特に待ち合わせの約束をするでもなく、先にD君のバスが出発したので見送った。

サンティアゴへのバスは、チリ最大手のバス会社Turbus。所要時間は約23時間、運賃は34,300ペソ(約5,700円)。両替したばかりの1万円分が一気に半分になった。

今回のバスはセミカマ(semicama)クラス専用。

4列シートで足元が少し広く、フットレストも出てくる。リクライニングもそれなりに倒れるので、長距離移動のスタンダードとしては十分な快適さだ。

途中いくつかの町に停車しながら、バスは南へ向かう。窓の外には夕焼けに赤く染まる砂漠の景色が広がっていた。23時間の長旅の始まりだ。長い……。