
朝食付と期待してましたが、パンとコーヒーだけでした。キッチンがあるので、他の宿泊者はそれぞれ食材を持ち込んで自炊している様子。
フロント前でちょっとした騒ぎが起きていた。原因は韓国人Kさんのイビキです。
自分は寝つきがいい方で早々に落ちてしまったので気にならなかったのだが、寝るのが遅い欧米人たちにとっては相当つらかったらしい。朝食を終えてフロント前を通ると、同じドミトリーの何人かに「あれはお前の友達か。なんとかしてくれ」と声をかけられた。同じアジア人だから友達だと思われたのだろう。
巻き込まれたくないので「違います。ここで同室になっただけです…」とかわした。それでもKさんのイビキは続いていて、クマかと思うほどの大きな唸り声。
結末を先に言ってしまうと、夕方宿に戻ると6人部屋のドミトリーに残っていたのは自分とKさんの2人だけ。他の宿泊者は全員、隣のドミトリーに移っていたw
ウシュアイアの歴史

ウシュアイアは坂の多い港町。背後にマルティアル山脈がそびえ、目の前にはビーグル水道が広がる。先住民ヤーガン族の言葉で「湾の終わり」を意味するというこの地名がしっくりくる立地で、20世紀前半は凶悪犯を収容する流刑地として発展してきた歴史を持つ。
港には南極へ向かうクルーズ船が何隻も停泊していて、世界最南端の街らしい風景。南極大陸まで約1,000km、夏になると世界中から南極クルーズ目当ての旅行者が集まる場所でもある。ビーグル水道の対岸にはチリのプエルト・ウィリアムズがあり、あちらも「最南端」を主張しているが、国際的に認められた世界最南端の街はここウシュアイア。
ビーグル水道は全長約240kmの海峡で、チャールズ・ダーウィンが1831年から1836年にかけてビーグル号で行った地球一周航海の経路にあたり、その名もビーグル号に由来する。
ビーグル水道ツアーに参加

港にはツアー会社のオフィスが所狭しと並んでいる。ペンギンツアーに参加したかったのだが、午前の便はすでに出発した後。代わりにビーグル水道のクルーズツアーに申し込むことにした。
会社はたくさんあるものの、それほど激しい客引き合戦にはならない雰囲気。その中で、もうすぐ満席というツアーを選んだ。これだけ会社が並んでいる中で満席近いということは、口コミ評価が高いのだろうと判断したから。
韓国人Kさんも同行。ノリが良く、豪快な人で、誰にでもどんどん話しかけて友達を作るタイプ。


ウシュアイアの港を出発。すぐ背後にマルティアル山脈がそびえていて、街と海峡の間にはほとんど平地がない。急斜面にへばりつくように家々が並ぶ、どこか神戸の山手を思わせる町並み。

出発時は晴れていたものの、すぐに雲が広がってきた。さすが世界最南端の町、風が冷たく肌寒い。

ウシュアイアはアルゼンチン領だが、ビーグル水道の対岸はチリ。この水道をはさんで両国は領土問題を抱え、1970年代には戦争寸前にまで緊張が高まったこともあったという。今では穏やかだが、なかなか物騒な歴史を持つ海峡でもある。

ビーグル水道からひときわ目立つのが、槍の穂先のようにそびえるモンテ・オリビア(Monte Olivia)。標高1,326mで、ウシュアイア周辺では最も高い峰。ちなみにその名はヤーガン族の言葉で「銛の穂先の端」を意味するという。言葉も形も一致している。
野生動物の宝庫

遠くに停まっている船の近くに鯨の姿。残念ながらこちらの船には近づいてくれず。いいなあ。

お、ペンギンか!と思ったら海鳥だった。

ビーグル水道に生息するキバナウ(Imperial Shag)またはマゼランウ(Magellanic Cormorant)らしく、黒と白のツートンカラーがペンギンにそっくり。遠目では本当に見分けがつかない。それにしても数が半端ない。岩という岩がびっしりと埋め尽くされている。

海鳥たちの後ろにどっしりと寝そべる大きな生き物の姿。ビーグル水道の岩礁に生息するミナミアメリカアシカ(South American Sea Lion)で、鳥と獣がこんなに無頓着に共存しているとは。お互い無関心を決め込んでいる様子がなんとも面白い。

子供はかわいいですね。

子供は茶色くてころころとかわいらしい。一方、大人のオスは体毛が黒々として体も大きく、オスは300kgを超えるものもいるという。岩の上でそれがごろごろしているのだから、なかなかの迫力。

ん~眠たそう…と思ったら、普通に寝ていた。

ミナミアメリカアシカは昼夜問わずこまめに仮眠を取る習性があるらしく、午前中から岩の上でぐっすりというのも日常風景らしい。うらやましい生き物。

ビーグル水道のシンボル的存在、レス・エクレルール灯台(Les Éclaireurs Lighthouse)。フランス語で「探索者たち」を意味する小島に1920年に建てられた赤白縞の灯台で、地元では「世界の果ての灯台」とも呼ばれている。鉛色の空と荒涼とした岩礁に映える赤白のコントラストが印象的。というか、外に出ていると本格的に寒くなってきた。

次の目的地へ移動中、船内でコーヒー・紅茶・クッキーのサービス。冷え切った体に温かい飲み物が染みる。

一面を埋め尽くす黒と白の海鳥の群れ。ペンギンが1体ぐらい混じってても分からんだろうね。

どこまで続くんだというほどの数。多すぎて逆に笑えてきた。
先住民が暮らしていたブリッジズ諸島

島に上陸するそうです。
とっても寒くてボートの船室から出るのも嫌なんですが…

防寒具を着込んでいても、じっと立っているだけで体の芯まで冷えてくる。みんな話を聞きながらも体を揺らしたり足踏みしたりと、じっとしていられない様子。
ブリッジズ諸島(Bridges Islands)にはかつてヤーガン族(ヤマナ族)が暮らしていたという。約8,000年前からビーグル水道周辺に定住し、カヌーを操りながら漁や貝採りで生き抜いてきた人々。しかし19世紀にヨーロッパ人が持ち込んだ疫病により人口は激減、1860年代に約3,000人いたとされる人口は20世紀初頭には200人以下になってしまったという。
ヤーガン族ははるか昔にアジアからベーリング地峡を渡って南下してきた人々の子孫らしく、遠い祖先を辿れば日本人とも共通のルーツに行き着くという。地球の裏側のこの極寒の地に立って、そんな話を聞くとなんだか不思議な気持ちになった。
ガイドの話をほとんど聞いてなかったけど、「JAPAN」という言葉があったので、詳しく調べてみました。

島の中央にある小高い丘まで100mほどトレッキング。曇り空が恨めしい。晴れていれば絶景だったはずで、南側に見える山々はチリ領。

13時30分頃、ウシュアイア港に帰着。寒さに震えながらも、最後まで甲板に出て景色を眺め続けた。これだけの絶景、船室でぬくぬくしているのはもったいない。

港に停泊していたのはナショナル ジオグラフィック・エンデバー号。南極・北極の探検クルーズを専門とするリンドブラッド・エクスペディションズが運航する船で、一般旅行者向けの南極クルーズに使われているという。南極番組の撮影船かと思ったが、調べてみると探検クルーズ船でした。ここが南極の玄関口だと改めて実感させられた。
Kさんとは別行動で、調べたいことがあったので1人で街をぶらぶら。まずは空腹を満たすため、暖かそうな店を探して、ちょっとしゃれたパスタ屋に入った。

冷え切った体に、さらに冷えたビールを流し込む。アルゼンチンに来たらキルメスというのが定番なのだが、正直あまり口に合わない。軽すぎて物足りない。ちょっと割高だがハイネケンを。14ペソ(420円)

パスタとソースを別々に選ぶスタイルで、海老のラビオリとバジルオリーブソースをチョイス。

中にはチーズと海老味のパテが入っていて、味はやや濃いめながらうまかった。40ペソ(1,200円)とこの旅ではお高め。高級そうなお店だったので、チップも必要かとチップ6ペソ(180円)を含めてお支払い。
ラストミニッツ不発
調べたかったのは南極行きのクルーズ。ウシュアイアは南極への最終寄港地のため、直前に空席が出た場合に格安で募集する「ラストミニッツ」という割引制度があるという情報を事前に入手していた。
街の旅行会社をまわると、ありました。1,330USD(約12万6,000円)と貼り出してある。想定よりは高いが、南極に行けるなら安い!と思い飛び込んでみると、「ごめん、今は募集していないんだ」とのこと。なんで貼ってるんだよ。
結局、街中を歩き回ったものの、ラストミニッツどころか南極クルーズの募集自体が見つからない。どうやら3月はシーズン終わりかけで、そもそも空席が出る状況ではなかったようだ。もともと「あわよくば」くらいの気持ちだったので、そこまでがっかりはしなかったけれど。
街の東にある山は、いくつもの複雑な峰が連なった山脈が セロ・シンコ・エルマノス (Cerro Cinco Hermanos / 五人兄弟山脈) ですね。かっこいいな。

午後になると雲の切れ間から青空が広がってきた。港の近くに鎮座する錆びた難破船はセント・クリストファー号(Saint Christopher)。1943年にアメリカで建造され、第二次世界大戦中はイギリス海軍の救助タグボートとして活躍した船だが、民間へ売却されたのちここに座礁。そのまま50年以上居座り続けているらしい。

宿泊しているロス・ルピノス・ホステル。アジア人旅行者の姿はまったくなく、欧米人バックパッカーであふれかえっている。ドミトリーに戻ると他のベッドはすっからかん。ただ昨日同室だった宿泊者自体はいるので察した。Kさんのイビキに耐えかねて、部屋を移してもらったらしい。

宿のWi-Fiでたまった日記を書いていると、Kさんがピザを買って帰ってきた。「一緒に飲もう」とそのままご馳走してくれて、そこから宴会スタート。

売店で買うとビールは安いです。ハイネケン1リットル6ペソです。

気づいたらすごい勢いで飲んでいて、ワインを半分、ビールはほぼ自分で3リットル。日記の更新がここからだいぶ遅れ始めた。

キッチン付きダイニングは夜になると大賑わい。みんな自炊していてるみたい。ウシュアイアは外食高いですからね。欧米人ばかりかと思っていたら、アルゼンチン人も多かった。アルゼンチン人は南米人と呼べばいいのかな?みなさん夜型のようで、日が変わっても平気でにぎやかにやっている。それにしても、なんで男ばっかりなんだろ。
