朝6時。
宿の玄関が早朝だと施錠されている可能性があったので、昨日の夜に宿へ帰ってきたとき、受付でスペイン語しか話せないおばちゃんに「明日朝6時にマチュピチュ行くからよろしくね」と、指差し会話帳でなんとか伝えていたら、ちゃんと待っていてくれた。
「セイス・ラ・マニャーナ」
6時ぴったりね、とスペイン語で話しかけてきて、玄関の鍵を開けてくれた。ここの宿の人はほんといい人ばかりで、居心地がいい。
ペルーレイルでマチュピチュへ

歩いて中央市場前のサンペドロ駅へ向かうが、やっぱり治安に不安を感じることはなかった。

ペルーレイルは観光客向けの列車で、名前はペルーだが、運営はヨーロッパの有名な豪華列車「オリエント急行」。
列車は3種類あり、上からハイラム・ビンガム、ビスタドーム、バックパッカーの順。一番安いバックパッカーでも往復96USD(9120円)と、なかなかの値段だ。
クスコ駅 06:50 → アグアス・カリエンテス駅 10:30

バックパッカークラスという名前は変えたほうが良いと思うほど、座席の背もたれは高くフカフカで座り心地が良い。ただ座席は向かい合う配置なので相席だと足元が少し狭く感じるかもしれない。
他の席はほぼ満席だったが、自分の席は4人掛けにもかかわらずほかに乗客はおらず、結果的にひとりで使うことができてラッキーだった。おそらくキャンセルされた席を運よく予約できたのかもしれない。
スイッチバックで抜けるクスコ盆地
クスコはすり鉢状の地形をしているため、街から抜け出すには背後の急斜面を一気に登らなければなりません。そこで行われていたのが、スイッチバックです。

スイッチバックとは、急な斜面を登るために列車が途中で進行方向を変えながら、ジグザグに高度を稼いでいく運転方法のことです。列車は途中で何度か停止し、そのたびに進行方向を変えながら斜面を登っていきました。

やがて、すり鉢の底に広がるクスコの町並みが、だんだんと見渡せるようになります。ほんと、赤い屋根ばかりです。

列車は力強く走り続けます。スイッチバックを終えて、今度はヘアピンカーブのような急カーブを何度も抜けながら、さらに標高を上げていきます。

クスコでは天気が悪かったのですが、盆地を抜け出すと次第に青空が広がってきました。遠くには冠雪したアンデスの山々が見えてきました。

出発から40分ほどで、ポロイ駅に停車しました。ここから乗車する乗客も一定数いるようです。
2010年前後を境に、市内の渋滞や踏切問題、市街地運行の制約などから徐々に運行形態が見直され、現在ではこのポロイ駅からの乗車が主流になっているようです。
アンデス高原からウルバンバ渓谷へ

ペルーレールの青い車体がかっこいい。まるで「世界の車窓から」の一コマのようです。

車内アナウンスは、スペイン語と英語。一車両ごとに接客と案内を担当するスタッフが乗っています。販売のサービスもあり、コーヒーを買いました。4ソル(約120円)。

列車はよく揺れるので少し飲みづらいけど、朝のコーヒーは格別にうまい。

牧歌的な風景が広がります。標高3300mを超える高原地帯です。
列車の景色って、ほんと好きだなあ。
ただ、このような牧歌的な風景が続くのは、ほんのわずかな区間だけでした。

やがて列車は、インカ帝国が「聖なる谷」と呼んだウルバンバ渓谷を進んでいきます。ほとんどの区間が、こうした谷間の川沿いです。雨季だけあって、水量もかなり多い。

周囲の山々は急斜面で、断崖絶壁に線路が敷かれている場所もあります。今にも岩が落ちてきそうな、緊張感のある区間です。

行きはこんな感じで、4人掛けのシートを貸し切り状態。
クスコからマチュピチュまで4時間ほどかかりますが、綺麗な景色とシートを独占できたリラックス感もあって、まったく苦になりませんでした。

停車駅でもない場所で、反対列車待ちのために何度か停車しました。
単線なので、反対列車が遅れるとこちらもどんどん遅れていくようです。

マチュピチュ最寄りのアグアス・カリエンテス駅には、30分遅れの11時に到着。後方の車両に乗っていたので、このあと入場券売り場で並ぶことになりそうです。

まずはチケット売り場で、マチュピチュの入場券を124ソルで購入。行列はそれほどでもなく、意外と人は少ないのかもしれません。日本円で約3,600円です。

そして駅から遺跡までのバスは往復14ドル。クスコからの往復交通費と入場料を合わせると、合計で約15,000円。なかなかの出費です。
ちょっと雨が、ぽつりぽつりと降り出してきました。

バスは急斜面をどんどん上っていきます。ストレートとヘアピンカーブを組み合わせた、つづら折りの道です。

見下ろすと、深い谷の底をウルバンバ川が蛇行し、その両側には切り立った岩山が迫っています。アンデス山脈の隆起によって押し上げられた大地を、長い年月をかけて川が削り続けることで生まれた地形だといわれています。

マチュピチュの入場ゲート。やっぱりかなりの人がいました。マチュピチュは主に乾季(5~10月)と雨季(11~4月)に分かれており、2月は雨季にあたるオフシーズン。それでもこの人出ですから、乾季のハイシーズンはかなりの混雑になりそうです。
ついにマチュピチュ遺跡

入場ゲートをくぐると、目の前にマチュピチュ遺跡が広がっていました!
やっぱり、すごく感動しますね。憧れのマチュピチュ遺跡が目の前にあります。初めてアンコールワットを見たときのような気持ちです。

チケット購入のときに人が少なかったのは、同じ列車の乗客の大半がガイド付きツアー参加者で、チケットを別途購入する必要がなかったからのようです。ちょうどそのツアーの人たちと同じルートになってしまい、前後は人だらけ。まずは展望のよい場所から一望しようと、この坂道を上がっていきます。

1911年の発見からわずか100年ほどしか経っていない。このロケーションをみている限り、アメリカ人探検家のハイラム・ビンガムがここを見つけたこと自体、奇跡のように感じます。遺跡の周囲は深い峡谷に囲まれ、さらに外側には高い山。このロケーションが世界中から人を引き付けるのでしょうね。

急に雨が降り出すなど、天気はあまりよくありません。大勢の団体客で周囲も騒がしいので、雨宿りがてらしばらく待機してやり過ごします。

雨が上がった隙に、遺跡をバックに一枚。
曇り空でも、これだけの景色が広がっていれば十分です。
ここでマチュピチュについて。1400年代にインカ帝国が建設したとされる山岳遺跡で、標高約2,430mのアンデスの山頂付近に位置しています。最盛期には750人ほどが暮らしていたとされますが、1533年にスペインによってインカ帝国が滅ぼされた後に放棄され、ジャングルに埋もれたまま忘れ去られていましたが、1911年にビンガムによって発見。1983年にはユネスコの世界遺産に登録されています。

それにしても、よくもこんな断崖の上に作ったものです。石を運ぶだけでも命がけだったでしょうね。鮮やかな緑は、雨季ならではの美しさかもしれません。

崖のぎりぎりまで段々畑が広がります。遺跡の総面積の約半分がこの農地だったといわれています。足を滑らせたら終わりという場所で、毎日農作業していたとは…。
石積みに刻まれたインカの技術

門をくぐり、市街地エリアへ。正面の山がワイナピチュで、登ることもできますが、まずはしっかり遺跡を見ていこうと思います。

左に見えるのが少し高台になっているインティワタナで、市街地では最高地点。そのまま向かうと団体ツアーの流れとかぶるので、推奨ルートとは逆の右側、居住地区へ先に行くことにします。

石を積み上げただけなのに、これだけの建造物を作り上げたとは。600年以上もの時を経てなお、この姿を保っているのですから驚きです。

ゲート方面を振り返ってみると、きれいな段々畑が広がります。遺跡の約半分がこの農地で、750人もの生活者の食料を確保するために使われていたのでしょう。山の上に畑を作るとは、普通では考えられない発想ですね。遺跡内には水路が張り巡らされていたそうですが、その水源はいまだ謎のままだといいます。インカの技術の高さと、この遺跡が秘める謎の深さを改めて感じます。

居住区に入ります。近くまで来て石組みを見ると、本当に人が住んでいたのが納得できるほど、しっかりした構造が残っています。

三角形の石組みが目立ちますが、これはかつて屋根を支えていた痕跡だといわれています。こういうとき、ガイド付きツアーなら詳しく聞けてよかったなと思いますね。

コンドルの神殿。地面に横たわる平らな石がコンドルの顔、その背後にそびえる大岩が左右に広げた翼に見えることから、そう呼ばれているようです。
雲が切れて青空が広がり、遺跡全体が一気に明るくなりました。手前の居住区から奥の段々畑まで、マチュピチュの全貌がようやく見渡せます。待っていた甲斐がありました。
遺跡の背後にそびえるのがマチュピチュ山で、標高3,000mを超えています。クスコに比べると標高が500m近く下がるので、気温も高く空気もだいぶ濃く感じます。

眼下にはウルバンバ川が流れ、列車の姿も見えます。遺跡の裏側にはバスで登ってきたジグザグ道も確認でき、いかに山の上に作られているかが実感できる光景です。

ワイナピチュへのゲートに到着しました。ワイナピチュは1日400人の入山制限があり、13:00までに入山しなければなりません。時間的には間に合いましたが、列車の遅れもあって登り始めると帰りの列車に間に合わなくなりそうです。それよりも残りの遺跡をゆっくり見たいので、今回はあきらめることにしました。

聖なる岩。ここがちょうど折り返し地点です。気づけばすでに2時間ほど経っていました。それほど距離はないのですが、ついつい遺跡に見とれて足が止まってしまうようです。
天空の遺跡を歩く

市街地で一番高い高台、インティワタナからの風景です。インティワタナには日時計があります。
雲が周囲の山にかかり、まさに「天空の遺跡」という言葉がぴったりの光景です。

先ほどの段々畑とは反対側、北側斜面が見渡せます。南側の段々畑と比べてもかなりの急斜面です。発見者のビンガムはこの斜面を登ってきたとのこと。怖すぎる。

3つの窓の神殿。東側の壁に台形の窓が3つ並んでいます。発見者のビンガムがこの3つの窓を見て名付けたもので、インカ神話の「3つの穴から初代皇帝が生まれた」という伝説と結びつけたといわれています。
現地では説明よりも自分の肌で感じることを優先しているので、こうした細かいことはブログを書きながら調べて楽しんでいます。

神聖な広場。先ほどの「3つの窓の神殿」をはじめ、「神官の館」「主神殿」の3つの神殿に囲まれた広場で、さまざまな神事が執り行われていたと考えられています。
天気がよくなりすぎて、コントラストが強く写真が撮りにくくなってきました。案外マチュピチュ遺跡は曇りぐらいのほうが雰囲気があって、写真も撮りやすいですね。
おおまかに遺跡のスポットは見終わりました。南側の段々畑が帰りのルートになっているので、出口を目指します。

南側の段々畑の水路には、現在も水が流れています。600年以上前に作られた水路が今も機能しているとは、インカの土木技術の高さには驚かされます。この技術の高さがあったからこそ、この険しい山頂での生活が可能だったのでしょう。

ここからの眺めがマチュピチュで一番かっこいいと思いました。
石積みの建造物が折り重なり、どこか要塞感が漂っていて、力強さを感じます。
まさに難攻不落の都市って感じです。

段々畑でのんびり草を食べるリャマ。マチュピチュといえばリャマ、すっかり定番の被写体ですが、実は本来この標高には生息しない動物で、観光用と段々畑の除草係を兼ねて連れてこられたのだとか。

アルパカもいましたよ。クスコの町中にもいますが、そちらは商売目的なので撮影料を取られてしまいます。その点ここでは撮り放題、お得感満載です。

名残惜しく、最後に何度も振り返りました。おそらくもう来ることはないでしょうから。しかし南米の旅はまだ始まったばかり。あと何回こんな感動があるのかと思うと、ワクワクが止まりません。

マチュピチュ遺跡滞在は約4時間でした。
休憩時間はなしだったので、もう少し時間があってもよかったのかな。
遺跡内はやっぱり日本人多かったですね。
杖を突きながら歩いている年配の方もいましたし、ほんと日本人の人気の観光地ですね。
クスコへの復路

マチュピチュの麓にあるアグアスカリエンテスは、別名マチュピチュ村と呼ばれるほどツーリスティックな町で、宿泊施設やレストラン、食堂が所狭しと並んでいます。また温泉もあるようです。
ワイナピチュに登ったり、人が少ない時間帯を狙うなら、ここに泊まるのが一番でしょう。残念ながらここに来るまでは宿泊するという発想がまったくなかったのです。まだまだ未熟ですね。

これがマチュピチュの駅舎。
駅前の通路上には民芸品などのお土産を売る店が所狭しと並んでいて、購入する観光客も多かったです。短期旅行者が多いのかな。

遺跡内は飲食禁止だったので、空腹です。しかし、ゆっくり食事をする時間もなかったので、売店でキッシュを購入しました。5ソル(150円)。

あ~日本人はこれだから。椅子の横にかばんを置いたまま、ベンチで熟睡しています。南米では盗難は日常茶飯事。盗られる方にも隙があると思いますよ。

17:02に列車はアグアスカリエンテスを出発しました。さっき「あ~日本人はこれだから」と思ったばかりなのに、私もうとうとしていました。荷物はしっかり抱えていましたけどね。ふと目が覚めると、車窓から夕日を浴びたアンデスの山々が見えました。一瞬でしたが、息をのむような美しさでした。

みんなひたすら寝ています。遺跡観光の後だけあって、疲れ果てているのでしょう。車内は満席でしたが、とても静かで、列車の走行音だけが延々と響いていました。

最後にクスコの夜景が見えてきました。クスコの街のオレンジ色の夜景が、まるで宝石を撒いたように広がっています。そこに列車内の明かりを真っ暗にしてくれる演出つき。スイッチバックで車体が前後するたびに、少しずつ夜景の灯りが自分たちの高さに近づいてきます。マチュピチュの余韻に浸りながらの夜景観賞は、まるで夢の世界から現実へゆっくり引き戻されていくようでした。

21時19分、帰りはほぼ定刻どおりにクスコのサンペドロ駅に到着しました。これだけ多くの観光客が一斉に移動するので治安は大丈夫でしょう。それよりも空腹すぎて、まだお店が開いているかの方が気になります。

アルマス広場にファーストフードのお店が営業していました。BEMBOSというお店で、ペルー版マクドナルドといった感じです。マチュピチュから帰ってきた観光客は皆同じく空腹なのか、店内は混雑していました。

注文時に名前を告げて、できあがると放送で呼ばれるスタイルです。チーズバーガーセットで13.4ソル、400円近くします。ペルーにしては高めの値段設定です。

しかし、分厚い肉に分厚いパンで食べ応え十分で値段に見合っていました。マクドナルドの薄っぺらいハンバーガーが霞んで見えますね。フライドポテトのソースも4種類から選び、好きなだけ取れます。
いやあ、かなり満喫した一日でした。マチュピチュは人生で一度は見ておきたいほど、インパクトのある遺跡でした。

