vol.4 ポロブドゥール遺跡サンライズツアーと古都ジョグジャカルタ|2010 東南アジア周遊

ポロブドゥール遺跡からの幻想的なムラピ山の朝焼け

2010/05/04

目次

宿泊者限定のサンライズツアー

ホテルのロビーに朝四時半集合。
これからボロブドゥール遺跡のサンライズツアーに参加する。

バウチャーを提示すると、記念の入場券と小さな懐中電灯が手渡された。足元を照らすには十分そうだが、私は釣り用のヘッドランプを持参していたので、懐中電灯はそのまま返しておいた。暗闇では、両手が空くほうが安心できる。

参加者は全部で15人ほど。ほかにも10分おきに別のグループが集まっていくらしい。日本人は、カップルが一組と男性二人組が一組。出発前にその男性二人組と軽く言葉を交わす。

やがて移動が始まり、周囲は一気に闇に包まれた。
まだ眠っている空気の中、静かに、ボロブドゥール遺跡を目指して歩き出す。

ボロブドゥール遺跡

午前5時前後になると、ようやく空が白み始めた。
ただ、雲がやや多い。朝日がきれいに見えるかどうか、少し微妙な空模様だった。

朝日が昇る方向に向かって腰を下ろし、その瞬間を待つ。
周囲には、すでに百人弱ほどが集まっていたと思う。マノハラホテルに宿泊している人は、ほぼ全員がこのツアーに参加しているのだろう。静かな期待感が、遺跡の上にゆっくりと広がっていく。

ボロブドゥール遺跡

午前5時半。
闇の中に、遺跡のシルエットが少しずつ浮かび上がってきた。

周囲の森林には、うっすらと霧がかかっている。
木々の輪郭は柔らかく、遺跡と重なり合って、現実感が薄れていくようだった。
静かな朝の空気の中、思わず息を整えたくなるほど、幻想的な風景が広がっていた。

ボロブドゥール遺跡

刻一刻と、周囲は明るさを増していく。
まだ一般開門まで三十分ほどあり、遺跡内は驚くほど静かだった。

日中の暑さとはまるで別世界で、空気はひんやりとしている。
二体あるうちのこの仏像は、朝日を背に撮影するには格好の場所らしい。一眼レフを三脚に据え、じっと構えているアジア人の姿があちこちに見られた。
シャッター音だけが、静かな朝に控えめに響いていた。

ボロブドゥール遺跡

カメラマンたちが、少しずつざわつき始めた。
厳しいかもしれないと思っていたが、空がゆっくりと赤く染まり始める。

仏像の後ろ側から見ると、ちょうどムラピ山という火山の脇から、日が昇ってくる位置関係のようだ。雲の切れ間から広がる光に、周囲の視線が一斉に集まる。

まるで火山が噴火したかのような、赤々とした空の色。
その手前に浮かぶ遺跡のシルエットが、息をのむほど美しく際立っていた。

ボロブドゥール遺跡

ムラピ山は、綺麗な円錐形をしていて、どこか富士山を思わせる姿だった。
ダイヤモンド富士ならぬ、ダイヤモンドムラピといったところだろう。

乾季ではない季節に、これほど整ったサンライズが見られてよかった。雲は多かったが、ちょうどその切れ間から、狙ったかのように太陽が姿を現した。

時計は、まだ6時前。
この景色に立ち会えるのは、まさにサンライズツアーに参加した人だけの特権だ。

もしボロブドゥール遺跡を訪れる予定があるなら、マノハラホテルのサンライズツアーには、ぜひ参加してほしい。早起きの価値は、間違いなくある。

ボロブドゥール遺跡

森には、まだ薄く霧が残っているが、それも少しずつ晴れてきた。
周囲は深い森に囲まれているものの、いわゆるジャングルというほどの濃さではない。

朝の柔らかな日差しが、遺跡と木々を静かに包み込む。
肌に当たる光が心地よく、夜明けの時間帯ならではの穏やかさを、ゆっくりと味わっていた。

ボロブドゥール遺跡
「光と影」みたいな題材の写真。


しかし、さすが南国の太陽だ。
日が昇り始めると、まだ暑さは感じないものの、日差しはすでに強い。

写真を撮ろうとしても、光と影のコントラストが鋭く、思った以上に難しい時間帯になってきた。
柔らかな朝の光は消え、遺跡の陰影がくっきりと際立つこの瞬間は、美しい反面、影は深く沈むため、被写体の選び方に悩まされる。

ボロブドゥール遺跡

一般の開門と同時に、子どもたちが一斉に駆け上がってきました。
一番右の子は「ジョグジャカルタ」とプリントされたTシャツを着ており、きっとお土産物売り場の子どもなのだろうかと想像してしまう。親の姿は見当たらず、子どもたちだけで遺跡を遊び場にしているようです。

ボロブドゥール遺跡
ボロブドゥール遺跡

やがて、次々と人々が登ってきます。学生らしき年代が多いようで、同じ色の服を着ている者も目立ち、郊外学習の一行かもしれません。

30分前には考えられないほどの人が、一番上を目指して登ってきました。途中のレリーフには目もくれず、とにかく頂上へ。到着すると、皆が記念撮影をしたり、話し込んだりして、それぞれの時間を楽しんでいるようです。

かなりの数の学生グループが胸からネームプレートを下げ、観光客に声をかけては、いろいろと質問しているようです。私もその波にすっかり巻き込まれてしまいました。

同じ質問ばかりだったので、学習の一環なのだろうと思います。

「どこから来ましたか?」
「名前は?」
「ボロブドゥールはどう?」
「ジョグジャカルタはどう?」

毎回同じ答えになってしまうので、こちらから逆に質問してみました。「日本について、どういうイメージですか?」
すると多くが「ハイテクノロジー」と答えてくれました。日本人として、少し誇らしい気持ちになります。

ちなみに、「ジョグジャカルタはどう?」と聞かれ、最初に「暑い」と答えたのですが、少し学生たちに申し訳なく思いました。

そして、必ず最後には皆で写真を撮るのが決まりのようです。私のカメラでも撮ってもらったのですが、残念なことにデジカメを紛失してしまい、データは残っていません。こういう瞬間の写真を失うのは、本当に惜しいことです。

ポロブドゥール遺跡の回廊に息づく仏教美術

ボロブドゥール遺跡

トゥーパが並ぶ頂上付近は、だいぶ人も増えて騒がしくなり、ゆっくり座れる場所もなくなってきました。そこで、回廊のレリーフを見始めることにしました。

ボロブドゥール遺跡

ボロブドゥール遺跡の構造を断面図で示すと、このようになっています。
四層の壁面には精緻なレリーフが施されており、これこそがボロブドゥールの真骨頂です。今日は、このレリーフを時間をかけてじっくり見て回るつもりです。
とはいえ、ガイドブックには総延長5kmとも記されており、すべてを見切るのは到底無理でしょう。それでも、飽きるまで眺めていたいと思います。

ボロブドゥール遺跡

レリーフは上段と下段に分かれています。上段には釈迦の生涯が描かれ、下段には釈迦の前世が描かれているそうです。
その登場人物は1万人にも及ぶといわれ、細部まで眺めていると時間を忘れます。
通路の反対側にも、小さなレリーフが施されており、どこを見ても細やかな物語が展開されているのがわかります。

ボロブドゥール遺跡

思っていた以上に、レリーフは精巧に施されており、長い間土の中に埋もれていたにもかかわらず、驚くほどきれいに残っています。もちろん、すべての部分が完璧に保存されているわけではありませんが、それでも十分に見ごたえがあります。

ボロブドゥール遺跡

表面がざらざらした石にもかかわらず、レリーフは見事に人間の曲線を表現しています。

ストゥーパのある頂上付近には人が多く集まっていますが、レリーフのある回廊にはほとんど観光客がおらず、ゆっくりと鑑賞することができます。

ボロブドゥール遺跡

レリーフの上には仏像が建立されており、向けられた方角によって印相(身振り)が異なるようです。本当に宗教的なものは奥が深く、見るたびに心が静まります。

ボロブドゥール遺跡
ボロブドゥール遺跡

深く彫られた奥行きのあるレリーフ、黒みがかった石の色が、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。自分にそれほど宗教心があるわけではありませんが、やはり仏像を見ると自然と心が落ち着きます。

ボロブドゥール遺跡

逆に、白っぽい石の仏像は表情が明るく感じられます。実際に表情が明るいこともありますが、石の色の印象が大きいのでしょう。

ボロブドゥール遺跡

これはヒンドゥー教的な雰囲気を感じさせます。近くのプランバナンがヒンドゥー教寺院だったこともあり、違和感はほとんどありませんでした。

思い返せば、ネパールでもチベット仏教とヒンドゥー教は共存していました。イスラム教のように偶像崇拝が禁止されている宗教では、他宗教との共存はなかなか難しいのだろうと感じます。

帰国後、図書館でボロブドゥール寺院の本を借り、あのレリーフに込められた意味をじっくり調べてみました。
しかし、題名自体が難解で、内容を理解するのはなかなか簡単ではなく、結局よくわからないままでした。

ボロブドゥール遺跡
「王家は出家を警戒して警備を強める」

保存状態の良いレリーフだけを写真に収めましたが、方角や石の色によって状態は異なっていました。
上段に描かれた釈迦の生涯は比較的よく解明されていますが、下段の前世の部分についてはまだ謎が多く、本を読んでも詳しい解説はほとんどありませんでした。

釈迦について少し勉強してから訪れると、ボロブドゥール寺院の楽しみがさらに深まるかもしれません。

帰国後に、図書館でボロブドゥール寺院の本を借りて、レリーフの意味を調べてみました。
調べてみたのですが、あまり意味もわからないものも多数。

レリーフ集

ボロブドゥール遺跡
<大きな写真>

上段:不思議な夢を語る摩耶夫人

ボロブドゥール遺跡
<大きな写真>

上段:馬車で庭園に向かう摩耶夫人 

ボロブドゥール遺跡
<大きな写真>

上段:摩耶夫人が天女とともに天界から降下してくる

ボロブドゥール遺跡
<大きな写真>

上段:苦行で痩せた太子に乳粥を差し出すスジャータ 

ボロブドゥール遺跡
<大きな写真>

上段:天人ヴィマラブラバが赤い新しい衣を進呈する

後半は足早に見て回り、時計を見るとすでに9時20分。
朝4時半にホテルを出発してから、かなりの時間が経過していました。朝食の営業が終わってしまうため、ホテルへ戻ることにしました。

三大仏教遺跡の最後に訪れたのが、このボロブドゥール寺院です。
実際に来てみると、その評価に納得できる素晴らしさでした。さすがに「三大」に数えられるだけのことはあります。

すべてのレリーフを見切れたわけではありませんが、十分に見応えがあり、お腹いっぱいになりました。
これから明後日にはアンコールワットを訪れる予定ですので、遺跡に飽きることのないよう、ここでほどほどに切り上げることにしました。

ボロブドゥール遺跡

マノハラホテル

まだ10時前だというのに、日差しは強く、ほぼ日中のような暑さです。
レストランへ急いで向かうと、朝食をとる人で賑わっており、やはり日の出に合わせて遺跡を見学した人が多かったのでしょう。日の出のときに見かけた、大きなカメラ機材を抱えたグループもいました。

サンライズツアーでいっしょだった日本人の方と朝食を共にしていると、その後ジョグジャカルタへタクシーで戻るという話に。便乗させてもらうことにしました。
路線バスで地元の生活を見ながらゆっくり行くのも面白そうでしたが、ジョグジャカルタでたっぷり時間を取りたいこと、そして何より暑さの中での移動を避けたいこともあり、エアコンの効いたタクシーはとても魅力的に感じられました。

ジョグジャカルタ中心部で降ろしてもらい、せっかくなので夕食を一緒にという約束をして、自分は安宿街へ歩いて向かいました。

ジョグジャカルタの街歩き散策

ジョグジャカルタ

古都とはいっても、ジョグジャカルタは人口およそ60万人を擁するインドネシア中部の都市で、政治・経済・文化の中心地でもあります。そのため、思っていた以上に活気にあふれていました。
街中ではバイクや車がひっきりなしに行き交い、通りには屋台や商店も多く、古都の落ち着いた雰囲気と現代的な活気が入り混じっています。

ジョグジャカルタ

こうしたペイントが施された建物を見ると、つい治安があまりよくないのではないかと疑ってしまいます。
初めて訪れる町では、こうした光景はできればあまり見たくないものです。

ジョグジャカルタ

ジャワ島には、島を東西に貫く鉄道路線があり、首都ジャカルタや東部の都市スラバヤ、そしてジョグジャカルタもこの鉄道網に含まれています。市民の足としても鉄道は広く利用されているようで、宿にいると列車の汽笛がよく聞こえてきました。

ぜひ鉄道にも乗ってみたかったのですが、数か国をめぐるあわただしい今回の旅行では、その機会はありませんでした。値段を考えても、AirAsiaの便が利用できることから、航空機のほうが時間的に便利で、鉄道の魅力を十分に味わう余裕はありませんでした。

ジョグジャカルタ

ジョグジャカルタの安宿街

ジョグジャカルタ駅の南側には、安宿が集まる一帯があります。メイン通りからも近いのですが、一本路地に入ると、どこかのんびりとした雰囲気が漂っています。タイやベトナムの安宿街に比べると活気は控えめに感じますが、煩わしい客引きも少なく、ゆっくり宿を選べるのはありがたいところです。

ジョグジャカルタ

地球の歩き方に掲載されていた「Karunia Hotel」に宿を取りました。
料金は120,000IDR(約1,000円)で、エアコン付きのダブルルームです。少し高めに感じましたが、1軒前に訪れた良さそうなホテルは満室だったので、ここに決めました。

ジョグジャカルタ

宿の2階のベランダから街の景色を眺めます。
明日の朝にはジョグジャカルタを出発しなければならないので、シャワーを浴びてリフレッシュしたあと、さっそく街中へ出かけました。
午後2時半という時間もあり、今日は少し街をぶらぶらする程度で終わるだろうと思います。

じゃらん・じゃらん

ジョグジャカルタ

ジョグジャカルタのメイン通り、「ジャラン・マリオボロ」を歩きます。
「ジャラン」は通りという意味ですが、ちなみに「ジャラン・ジャラン」となると散歩という意味になるそうです。

通りには多数のベチャ(人力車)が客待ちをしており、大きな声で客引きをするわけでもなく、どこかマイペースに構えているのが印象的です。

ジョグジャカルタ

ボロブドゥールやプランバナンが近くにあるため、観光客は多そうに見えます。しかし、運転手によると大半はジャカルタやバリ島からの日帰り観光で、ジョグジャカルタに宿泊する観光客は少ないとのこと。運転手は、半ばあきらめたような表情で客を待っていました。

ジョグジャカルタ

このベチャの運転手、どこかで見た顔だなと思ったら、料理の鉄人に出ていたフレンチの酒井シェフに似ています。
話題が少し古すぎるかもしれませんが、つい心の中で笑ってしまいました。



ジョグジャカルタ

ブリンハルジョ市場は、ジョグジャカルタで最も有名な市場のひとつで、日用品や衣料品、土産物、食料品などが揃う活気ある場所です。観光客だけでなく地元の人も多く訪れ、街の生活を感じられるスポットでもあります。

市場内に足を踏み入れると、思った以上に人でごったがえしていました。

ブリンハルジョ市場は三階建てになっていますが、ほとんどが衣料品を扱う店で、それほど興味を引かれるものはありませんでした。
そのため、すぐに外に出てきました。奥のほうには食材を売る店もあったのですが、すでに多くが閉店してしまっていました。

ジョグジャカルタ

そのまま通りを南に歩いていくと、ジョグジャカルタの王宮があります。
残念ながら、王宮は午前中で閉まってしまうため、中を見ることはできません。それでも、街中を散歩しながら周囲の雰囲気を楽しむことにしました。

ジョグジャカルタはバティックの町としても知られており、観光客向けにバティックを売ろうと声をかけてくる人が多くいます。
最初は普通に会話を交わし、しばらくすると「バティックに興味はあるか?」と尋ねてきます。しかし、こちらが「興味ない」と答えると、あっさり引き下がるのです。そのあたりに嫌味がなく、気持ちよくやり取りできるのが印象的でした。

王宮広場での出来事

ジョグジャカルタ

王宮の前に広がる広場に入ってみました。
王宮広場というより、整備されていないグラウンドのような印象です。
私は中央をまっすぐ突き抜けるように歩いてみました。

不思議な光景が目に入りました。
体育の授業らしいのですが、女子学生たちは鮮やかな緑色のジャージに身を包み、頭からスカーフをかぶっています。
前方では先生が砲丸投げの練習をしており、私は「これから何が始まるのだろう」と見守りました。
しかし、授業は動かず、先生がただ砲丸を投げ続けているだけでした。

広場の中央に座り込んでいた男性が声をかけてきました。
よく見ると足に障害があり、満足に歩くことができないようです。
毎日薬を飲まなければならないことや、保険で薬はもらえるが量が少ないことを話してくれました。
最初はお金をせびられるのかと思いましたが、そうではなく、単に話し相手が欲しかったようです。

明るく調子のいい性格で、話し込んでいるうちに時間を忘れてしまいました。
何より印象的だったのは、障害があるにもかかわらず、屈託のない笑顔を見せてくれたことです。
気づけば、私はビールを買ってきて、いっしょに飲んでいました。

遺跡や自然の景色も感動的ですが、こうした偶然の出会いがある旅も、また格別です。

遺跡や自然に感動したり、おいしいものを味わったりするのも旅の楽しみですが、こうした何気ない出会いがあると、やはり嬉しいものです。

街角にはベチャが置きっぱなしで、運転手もいません。
商売をする気があるのか疑問ですが、まだ日差しは強く、誰も動こうとしていないのかもしれません。

謎のガイド

日が暮れるまで少し時間があり、地図に展望台と記された場所まで散歩してみることにしました。
途中、地下道のような場所を見つけ、本には掲載されていなかったので立ち止まっていると、一人の男性が声をかけてきました。
話を聞くと、地下には寺院があるらしく、彼について行くことにしました。

地下道を抜けると中庭のような空間があり、周囲を土でくり抜いた地下施設が広がっていました。
なぜこんな隠れるような形で作られたのかはわかりませんが、独特の面白い造形です。
後で知ったのですが、ここはかつて王族の瞑想の場だったそうです。

その後、ウォーターパレスも案内してもらいました。
裏道のような道を進み、最後は壁をよじ登って到達するという、少し謎めいたルートです。

タマン・サリという離宮で、中央のプールでは美女たちが遊び、王が横の部屋から見守っていたとのこと。
気に入った女性を部屋に呼ぶ場所だったそうです。
15時に閉鎖されていて、普通では見ることができなかったのでラッキーでした。

結局、案内してくれた男性も客引きの一人だったようです。
バティックや絵画の店には立ち寄りましたが、正直なところ興味はなく、何も買わずに出てきました。
さすがに申し訳なかったので、チップを渡して帰ってもらいました。

展望台のような場所は、砦跡の一角にあり、街全体を見渡せるわけではありません。
それでも、高い建物の少ないジョグジャカルタの町並みは、そこそこ全景を楽しむことができました。
遠くにそびえる山はムラピ山です。

砦跡の中で、地下施設で一緒に写真を撮った女の子たちと再び出会いました。
スカーフをかぶった女の子も、写真に写ることに特に抵抗はない様子です。
スカーフ姿だけで閉塞的な印象を受けましたが、それも単なる先入観だったのかもしれません。

驚いたことに、屋根の上で子供たちが凧を揚げていました。
日本ではまず見られない光景です。

地図には砦跡の前に大きな市場が描かれていましたが、ほとんどは取り壊され、瓦礫が残るだけでした。
この跡地に新しい市場ができるのでしょうか。

この周辺には、古都にふさわしい情緒ある建物が残っており、歩くだけでも趣があります。
市場跡に大きな近代的建物が建たないことを、つい願ってしまいます。

お邪魔した夕食会

夕食は、ポロブドゥール遺跡から一緒にタクシーで移動してきた、日本人の男性二人と食べに行く約束をしていた。
お二人が事前に調べてくれていたのは、少し郊外にあるおしゃれなレストラン。オリエンタルな南国風の造りで、雰囲気はどこかバリ島を思わせる。

食事をしながら、旅の話や近況など、ごく普通の会話が続く。
その流れで、「結婚とかされないんですか?」と聞かれた。

「いやいや、旅好きは結婚遅いからね……」
そう返してから、「お二人はどうなんですか?」と聞き返すと、ふたりは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

「てっきり、気づいていらっしゃるかと思ってましたよ」

そう言って、ふたりは付き合っていることを、実にあっさりと教えてくれた。
自分は鈍感なのだろうか。いや、身近にそういう人がいなかったから、想像すらしていなかったのだと思う。そもそも自分だって、友人と男二人で旅行に出かけることはよくある。

とはいえ、その話を聞いても印象はまったく変わらなかった。
ふたりとも気負いのない、さらっとした雰囲気で、話題は変わらず旅のこと。盛り上がった勢いで、このあと屋台にもう一軒、飲みに行くことになった。

あとから考えると、夕食に誘ったのは私だった。
詳しいことは書かないほうがいいのだろうが、日本ではまだ肩身の狭さを感じる場面も多く、長期休みには海外に出ることが多いのだそうだ。

そう思うと、今回はお二人の時間にお邪魔してしまったかな、と少し申し訳なく感じた。
それでも、世の中には本当にいろいろな人がいる。こうした出会いがあるのも、旅の醍醐味のひとつなのだと、夜のジョグジャカルタを歩きながら、静かに感じていた。



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