vol.3 石に刻まれた千年の時間、ボロブドゥールとプランバナン遺跡|2010 東南アジア周遊

目次

30分遅れで出発したAirAsia QZ7737便は、定刻どおり23:25にジャカルタへ到着した。

インドネシア入国にはビザが必要だが、日本人はVisa on Arrivalという制度があり空港で簡単に取得できる。必要書類に記入し、25USDを支払うと、印字されたシールがその場でパスポートに貼られた。写真も不要で、特に詳しい審査がある様子もない。手続きは驚くほど簡素だった。

空港のベンチで

到着がこの時間では、市内へ移動する意味もあまりない。すでに24時近く、日付が変わろうとしていた。早朝06:00発の便でジョグジャカルタへ向かう予定のため、この日は空港で夜を明かすことにしていた。

ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港は、さすが首都の玄関口だけあって、ターミナルがいくつにも分かれている。到着したのはターミナル2。だが、明日のジョグジャカルタ行きは国内線のAirAsiaなので、ターミナル3から出発するらしい。ターミナル3は24時間稼働で、深夜でもカフェが開いているという。翌朝は早い。できれば今のうちに移動しておきたいところだった。

ターミナル3の建物を出ると、案の定、客引きが近づいてきた。まずは現地通貨が必要になる。両替所で1万円を出すと、940,000IDR(インドネシアルピア)になった。おおよそゼロをふたつ取れば日本円換算になるので、感覚としては意外とわかりやすい。

客引きの話では、すでにターミナル間を結ぶバスは終了しており、歩くには距離があるという。タクシーなら10分ほど。半信半疑のまま、タクシーに乗ってみることにした。

客引きの話では、すでにターミナル間を結ぶバスは終了しており、歩くには距離があるという。タクシーなら10分ほど。半信半疑のまま、タクシーに乗ってみることにした。

ドライバー:「120」
:「え、いくら?」
ドライバー:「USDだと12ドルだ」
:「高い!それは…」
ドライバー:「じゃあ、100はどうだ?」
:「もし日本でも、それは高すぎる!」

桁が多いため、インドネシアルピアでは末尾3桁を省略して金額を言うらしい。それにしても12ドルという提示は高い。自分が想定していた金額との差があまりに大きく、交渉する気持ちは早々に失せ、その場を離れた。

到着した便はどうやら最終便だったようで、空港内は人影もまばら。タクシーの姿も、いつの間にか消えていた。ターミナル3まで歩くことも考えたが、深夜で距離感がつかめず断念する。通りかかった職員に尋ねると、ターミナル間を結ぶ無料のシャトルバスは朝5時ごろから運行するという。5時にターミナルへ向かえば、06:00発の便にも十分間に合いそうだった。

運行のない時間帯のターミナルは薄暗く、かえって寝るにはちょうどよい。エアコンも効き、音も少ない。私はその静寂のなかでベンチに腰を落ち着け、ジャカルタ空港での「野宿」の夜を迎えることになった。

スカルノハッタ国際空港見取り図
後日調べたら、ターミナル間はそれほど遠くはなかった。
あらかじめ調べておくべきだった。

ベンチで横になり、気づけば2時間ほど眠っていた……zzz。
その後は、うとうとしては目が覚めるのを繰り返す浅い眠りが続く。4時ごろになると、静まり返っていたターミナルにも、少しずつ人の出入りが戻ってきた。

最悪の場合はタクシーを使うしかないか、と考え始めていた4時半ごろ。ちょうどそのタイミングで、AirAsiaのラッピングバスが前を通りかかった。思わず声をかけると、ターミナル3まで行けるという。正直なところ、胸をなで下ろした。

スカルノハッタ国際空港 ターミナル3(ジャカルタ)

ターミナル3までは、思ったより距離があったように思う。今までいたターミナル2に比べ、新しい施設で洗練されている。。

営業していた空港内の食堂で、朝食にインドネシア料理のミーアヤムを選んだ。鶏肉を煮込んだ具がのった麺料理で、空港価格ながら250円ほど。想像以上にしっかりした味で、なかなか美味しい。

ナシゴレンやミーゴレンくらいしか思い浮かばなかったインドネシア料理だが、この一杯で印象が少し変わった。これからの旅に、静かに期待が膨らんでいく。

ジョグジャカルタへ

AirAsia QZ7340(CGK06:00-JOG07:00)

首都ジャカルタと、ジャワ島中部の都市ジョグジャカルタを結ぶ路線だけに、競争は激しい。それでも、226,000IDR(約2,200円)という運賃は本当に安い。基本運賃は抑えられているが、7kgを超える荷物を持ち込んだり、座席を事前に指定したりすると追加料金が発生する。そのあたりは、LCCらしい割り切りが必要になる。

AirAsia QZ7340(CGK06:00-JOG07:00)

ターミナル3は新しい施設だった。ただし、機体と直接つながるボーディングブリッジはなく、搭乗案内のあとにバスで移動する方式だ。設備は簡素だが、コスト削減の姿勢は一貫している。

午前6時。東の空が、ようやく白み始めた。日の出が見られたらいいなと思っていると、駐機していた飛行機の向こうから、太陽が静かに顔をのぞかせた。長い夜の終わりを告げる、穏やかな朝だった。

スカルノハッタ国際空港(ジャカルタ)
スカルノハッタ国際空港(ジャカルタ)

空港での野宿を終えて、ジョグジャカルタへ向かいます。

ジャカルタからジョグジャカルタまではわずか1時間。早朝のフライトだけに機内はとても静かだったが、座席の9割以上は埋まっていたと思う。

ジャカルタ-ジョグジャカルタ

窓の外に広がる景色は、火山大国インドネシアらしいものだった。地上を覆う雲の切れ間から、富士山を思わせる円錐形の山々が顔をのぞかせ、中には小さな噴煙を上げているものもあった。

高度を下げると、ジョグジャカルタの街並みを眼下に収めつつ、空港に到着した。

アジスチプト国際空港(ジョグジャカルタ)

ジョグジャカルタの空港は、思っていたより小さかった。人口1,000万近いジャカルタに比べ、ジョグジャカルタは人口60万人ほどの町。規模が違うのも当然だ。

この小さな町に来た目的は、プランバナン遺跡とポロブドゥール遺跡の見学だ。ふたつとも世界遺産に登録されているため、訪れる人の多くは観光客。ターミナルを出ると、「タクシー? ポロブドゥール?」と声が絶え間なくかかる。

今日の宿はポロブドゥール遺跡内のホテルを予約してあるため、先にプランバナン遺跡を回りたい。だが、空港からプランバナン遺跡へ行くバスはないようで、タクシーの運転手に料金を尋ねると、空港内の旅行会社カウンターに案内された。運賃は統一されているようで、料金表にはプランバナンまで130,000IDR(約1,300円)とある。距離は10kmほどだが、少し高めだ。

運転手にプランバナンの後の予定を聞かれ、ポロブドゥールまでパブリックバスで行くと伝えると、「プランバナンに寄ったあと、ポロブドゥールまで行って、250,000IDR(約2,500円)でどうだ」と提案された。料金表ではポロブドゥールまで290,000IDR(約2,900円)、プランバナンからポロブドゥールは約1時間半かかるらしい。

単純に空港とプランバナン間だけを見ると少し高く感じるが、単純に二つの経路を合計すると420,000IDR(約4,200円)となるので、提示された250,000IDR(約2,500円)は安いぐらいだ。

そもそもバスがない時点で選択肢はないので、今日は贅沢にタクシーをチャーターして移動することにした。

アジスチプト国際空港(ジョグジャカルタ)

雨季から乾季への移り変わりの時期だったが、今日はどうやら天気も大丈夫そうだ。運転手に「ここで待ってて」と言われ、少し待つとやってきたのはタクシーではなく、8人ほど乗れるバンタイプの日本車。運転手は適度に英語を話し、車は綺麗で乗り心地も抜群だった。

走り出して10分ほどで、プランバナン遺跡の案内看板が見えてきた。思っていたよりずっと近い。この距離で130,000IDR(約1,300円)なら、少し高いと感じてしまうのも正直なところだった。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

まだ朝7時20分だったが、遺跡公園はすでにオープンしていた。入場料10ドルを払い、ICチップ入りのエントリーカードを受け取って中へ入る。いったいオープンしたのは何時だったのだろうか。

空へ伸びる尖塔群、プランバナン寺院

プランバナン遺跡は、9世紀ごろ、中部ジャワを治めていたマタラム王国によって築かれたヒンドゥー教寺院群とされている。シヴァ神を中心に、ブラフマー神、ヴィシュヌ神を祀る壮大な宗教施設だったが、王都の移動や政権交代、火山噴火や地震の影響もあり、次第に放棄されていった。やがて寺院群は崩れ、石は散乱し、長いあいだ密林の中で忘れ去られていたという。再発見は19世紀初頭で、オランダ統治時代に調査と発掘が始まった。その後も地震による被害を受けながら修復が続けられ、現在の姿に至っている。荒廃と再生を繰り返してきた歴史が、この遺跡の背景にある。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

このプランバナン遺跡を知ったきっかけは、2006年5月27日にジャワ島中部を襲ったM6.2の大地震だ。この地震で3,000人以上が命を落としたが、世界遺産である遺跡も大きな被害を受け、建物がぼろぼろに崩れ落ちたと映像をニュースで見た。それが、このプランバナン遺跡だった。入口の看板には、修復作業の様子が描かれている。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

遠くにプランバナンの仏塔が見えてきた。まだ朝もやが残っているせいか、仏塔がかすんで見える。思っていたよりも、巨大で立派な遺跡だ。

園内にはまだ観光客の姿もなく、とても静かで、ひんやりとした空気が心地よい。

遺跡を訪れるのは、昨年2月のボリビア・ティワナク遺跡以来。久しぶりの遺跡観光に、胸が少し高鳴る。

ロロ・ジョグラン寺院

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

プランバナン遺跡は「遺跡」と呼ばれるが、実際には寺院群で、9世紀ごろに建設されたヒンドゥー教の寺院だ。その中心にあるのが「ロロ・ジョグラン寺院」で、各寺院にはヒンドゥー教の神々が祀られている。

まず最初に目に入るのが、写真中央に写るナンディー寺院。ナンディーとは牡牛のことで、シヴァ神が乗っていたとされる。このナンディー寺院の裏手には、最大のシヴァ寺院が控えている。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)
手前に見えるのがナンディー寺院で、その背後にそびえるのが、高さ43mのシヴァ寺院だ。

ロロ・ジョグランを訪れて、最初に目に入ったのが、この仏塔のまわりを飾る幾何学的な装飾物だ。まるでモーターのように回転して動きそうな形をしており、何かの仕掛けでもあるのではないかと感じる。空に向かってそびえ立っているため、もしかしたら飛んでいくのか、あるいは変形するのか…などと考えてしまう。しかし、実はこの装飾物はリンガだった。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)
ナンディー寺院のレリーフ

柵もなく間近で見られる寺院の中でも、ナンディー寺院のレリーフは特に状態が良かった。これらのレリーフは単なる装飾ではなく、物語を表現しており、ロロ・ジョグラン寺院では古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」が描かれている。

顔の表情まで緻密に彫られたものもあり、10世紀以上前に彫られたとは思えない精巧さだ。もしラーマーヤナの物語を知っていたら、さらに楽しめたことだろう。

「ラーマーヤナ」

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

ナンディー寺院に施されたレリーフ。
物語を描いたものだけでなく、単体で随所に刻まれている。華やかに着飾っていながら、強健な身体をしているのが印象的だ。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

寺院の階段の両脇には、狛犬のような守り神が飾られていた。ヒンドゥー教の建物では、このような守り神が多く見られる。しかし、このユニークな表情を眺めていると、あまり守ってもらえそうにない。もしかすると、沖縄のシーサーのような存在なのかもしれない。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)
ブラフマー神

シヴァ寺院の左側に位置するブラフマー寺院の内部には、ブラフマー神が祀られている。ヒンドゥー教の神で、シヴァやヴィシュヌと並ぶ三最高神のひとり。四つの顔と四つの腕を持ち、世界を創造したといわれている。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

ジャワ島をはじめインドネシアでは、現在イスラム教を信仰する人が大半だが、15世紀まではヒンドゥー教が広く信仰されていたため、このような寺院が残っている。なお、バリ島では今もヒンドゥー教が信仰されている。

イスラム教が唯一絶対の神アッラーを信仰するのに対し、ヒンドゥー教は複数の神々を崇拝する多神教だ。バリ島が「神々の島」と呼ばれるのも、実際に多神教であるヒンドゥー教を信仰しているからだろう。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

右手にそびえる中心のシヴァ寺院は、高さ47mもある。左右に位置するブラフマー寺院とヴィシュヌ寺院の23mに比べると、倍以上の高さで、このシヴァ寺院の迫力は圧倒的だ。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

午前8時を過ぎると、日本人観光客の姿が目につくようになった。さすがゴールデンウィークだ。ほかの観光客はまだ少ないと思っていると…

インドネシア人の女子学生らしき団体が、わいわいと騒ぎながらやってきた。遺跡を見ているよりも、遺跡をバックに自分たちの写真を撮ることに夢中のようだ。どこの国も同じだなあ、と感じる。

と思っていると、彼女たちから声がかかった。「写真を一緒に撮りませんか?」とのこと。おそらく、外国人と一緒に写真に写るのが目的だろう。周りにも多くの日本人観光客はいたが、ほとんどは団体ツアー客でガイドに案内されていたため、ひとりでいた私は格好のターゲットになったらしい。

しばらくの間、つかまってしまったが、若い女の子と写真を撮ること自体は苦痛ではない。それにしても気になったのは、彼女たちは誰一人として頭にスカーフをかぶっていなかったことだ。インドネシアでは、イスラム教を厳密に信仰する人が徐々に減ってきているのかもしれない、とふと思った。

…そして、彼女たちと一緒に撮った写真は、すべて失くしたカメラとともに消えてしまった。

ロロ・ジョグラン寺院(プランバナン寺院群)

修復作業中ということで、シヴァ寺院や一部の寺院には柵が張り巡らされ、進入は禁止されていた。見どころのひとつであるシヴァ寺院の叙事詩「ラーマヤナ」のレリーフを間近で見られなかったのは、特に残念だった。

それでも、2006年の地震直後には壊滅的な被害を受け、復旧の見通しも立たないと聞いていたが、今ではほぼ復旧しているといって差し支えないほどだった。

プランバナン遺跡(インドネシア/ジャワ島)

プランバナン遺跡にはいくつかの寺院があるが、多くの人はロロ・ジョグラン寺院を見終えると、そのまま帰ってしまうようだ。中途半端な時間が残っていたので、少し足を伸ばしてセウ寺院まで歩いていくことにした。

同じ公園内とはいえ、列車を模した移動バスがあるほどの広さがある。急いで歩いても、10分ほどかかった。

セウ寺院

ここセウ寺院も、地震でかなりの被害を受けていたようだ。修復作業の様子が掲示されているが、ロロ・ジョグラン寺院と比べると復旧は遅れており、ようやく作業が始まったばかりのようだった。

正面入口から入ると、左右に守護神クベラが待ち構えている。その姿はかなりユニークで、ぼてっとしたお腹が目立ち、守護神としては少し意外な印象を受ける。ヒンドゥー教では財宝の神として崇められ、世界を守護する存在であり、仏教では毘沙門天と同一視され、四天王の一尊として北方を守護している。

ヒンドゥー教寺院でありながら、内部には仏像が安置されている。地震の影響かどうかは定かではないが、仏像の顔や手は欠けていた。寺院内の建物も大きく崩れており、石組みの荒々しさが、かえって時代の流れと歴史の重みを感じさせる。遠くから眺めるその佇まいは、どこかタイのアユタヤ寺院を思わせた。

遺跡は石を積み重ねて造られている以上、大きな地震で崩れてしまうのは、ある意味仕方のないことなのだろう。

個人的には、きれいに修復されたロロ・ジョグラン寺院よりも、セウ寺院のほうが、より強く時代の流れを感じさせ、遺跡として良い雰囲気があると感じた。訪れる観光客もほとんどおらず、静かな空間でのんびりと見学できたのも、その印象を強めているのかもしれない。

セウ寺院(プランバナン寺院群)
今にも倒れそうな壁が残っていました
セウ寺院(プランバナン寺院群)(拡大表示)
無造作に置かれたままの石材

セウ寺院という名前は、「セウ」が「千」を意味することに由来する。さすがに千もの堂があるわけではないが、中央の主堂の周囲には、かつて多くの堂が建ち並んでいたようだ。しかし、その大半は修復されないまま残されている。

主堂の一部だったと思われる石材も、周囲に無数に点在している。乱雑に置かれているようにも見えるが、その数は途方もなく、修復には気の遠くなるような時間と費用が必要だろう。それでも、いつか整備される日が来ることを願わずにはいられない。

仏像のレリーフが刻まれた建物も、倒壊の危険を抱えたまま放置されている。小さな地震でも崩れてしまいそうで、見ていて少し不安になる。

ロロ・ジョグラン寺院と異なり、セウ寺院は仏教色の強い寺院だ。日本人の自分としては、早く手を加えたくなるが、イスラム教徒が大半を占める現在のインドネシアでは、それほど優先順位の高い存在ではないのかもしれない。あくまで勝手な思い込みだが、そんなことも考えてしまった。

それでも、中央主堂の修復はすでに進められていた。作業員たちは石をコンコンと削りながら、木製の足場を組み、慎重に石を積み上げている。観光客が少ないせいか、近くを通ると、皆が気さくに声をかけてくれた。

ただ、彼らは命綱も付けずに遺跡によじ登って作業している。落ちて怪我をしないことを、ただ祈るばかりだった。

全体的に保存状態が良いとは言えないセウ寺院だが、ところどころに残るデバター像の表情を眺めながら歩くのは、なかなか楽しい時間だった。仏像を見ていると、どこか心が落ち着くのは、日本人だからなのだろうか。

ドライバーと約束した時間まで、残りわずか。太陽がだいぶ昇り、時間が経つにつれて、かなり蒸し暑くなってきた。

駐車場へ戻る途中、公園では鹿が放牧されていた。
なんだかほのぼのとした光景で、思わず奈良公園を連想する。
わざわざ海外まで来て、日本を思い出す風景に落ち着いてしまうのは、私だけだろうか。

急いでゲートまで戻ると、運転手はすでに待っていた。
「遅いなあ」という雰囲気が、全身からにじみ出ている。
少し遅れたのは悪かったが、「As you like」って言ったじゃないか……と、心の中でつぶやく。

次の目的地、ボロブドゥールまではおよそ1時間半とのこと。
思っていた以上にプランバナン寺院をじっくり見て回ったせいか、ここへきて一気に疲れが出てきた。
考えてみれば、昨夜は空港のベンチで数時間うたた寝しただけ。
疲れるのも、無理はない。

ポロブドゥールへ

1BOXタイプのタクシーは、思っていた以上に快適だった。
もちろんエアコンもよく効いている。
やはりタクシーをチャーターして正解だったと思う。

ポロブドゥールへ

車窓の外には、のどかな田園風景が広がっていく。
もくもくと湧き上がる雲は、まさに東南アジアらしい眺めだ。
こうした田舎の風景を見ていると、不思議と心が落ち着く。

眠気に誘われて、うとうとしながらも景色を眺めていると、
走行時間はあっという間で、約1時間ほどでボロブドゥールに到着した。
早く仕事を終えたいのか、道中はそれなりのスピードが出ていた。

予約していたホテルの前で降ろしてもらい、
運賃の250,000ルピア(約2,500円)をドライバーに直接支払う。
移動に時間を取られず、効率よく動けたのは大きかった。

Manohara Hotel

マノハラホテル
ウエルカムドリンク。冷えたおしぼり付なのが嬉しい。

今夜の宿は、事前にメールで予約していたManohara Hotel。
このホテルを選んだ理由は明確で、ポロブドゥール遺跡の公園内に唯一建っており、早朝に遺跡へ入場できる「サンライズツアー」に参加できるからだ。人気が高く、当日飛び込みでは満室の可能性もある。そのため、あらかじめ押さえておいた。

到着したのはまだ午前10時半。さすがに部屋は使えないだろうと思っていたが、問題ないとのことだった。フロント前のロビーで紅茶を出してもらい、そのままチェックイン。冷えたおしぼりが心地いい。海外でまともなホテルに泊まるのは、ずいぶん久しぶりだ。

マノハラホテル

ホテルの建物はすべて平屋造り。公園内という立地を意識した設計なのだろう。周囲は緑に囲まれ、派手さはないが、静かなリゾート感がある。

マノハラホテル

部屋はダブルルームを一人利用で、料金は620,000ルピア(約6,200円)。このホテルに宿泊すると、通常1日11ドルかかる遺跡入場料が無料になる。しかも2人で泊まっても同額なので、2日間遺跡を訪れる前提なら、実質ひとり1,000円ほどになる計算だ。

マノハラホテル

部屋には一応テラスも付いている。ただ、1階で公園から丸見えの位置にあり、腰を落ち着けてくつろげる空間というほどではない。

マノハラホテル

昨晩からの移動を考えれば、ここで少し仮眠を取るのが自然な流れだろう。ただ、南国特有のスコールを考えると、天気が安定しているうちに動いたほうがいい。そう判断して、軽くシャワーだけ浴び、遺跡へ向かうことにした。左手の森の奥に、ポロブドゥール遺跡があるらしい。今回の旅の、最大の目的地だ。

庭の小径を10分ほど歩くと、正面に遺跡へと続く階段が現れた。
いよいよ、という気持ちになる。

まさに仏教版のピラミッド遺跡、ポロブドゥール

ポロブドゥール遺跡は、7〜8世紀ごろ、ジャワ島を支配していたシャイレーンドラ朝によって築かれたとされる。仏教信仰が最も栄えていた時代の国家的事業だったが、その後、王朝の衰退や都の移動、火山噴火などが重なり、遺跡は次第に密林の中に埋もれていった。長いあいだ人々の記憶から消え、存在すら忘れられていたという。再発見されたのは19世紀初頭、イギリス統治下にあったジャワ島で、総督ラッフルズの命により調査が行われたのがきっかけだった。その後、本格的な発掘と修復が進められ、現在の姿がよみがえった。千年以上眠り続け、再び姿を現したという経緯そのものが、この遺跡に独特の重みを与えている。

ポロブドゥール遺跡

ボロブドゥール寺院は、世界三大仏教遺跡のひとつとされている。
残る二つは、カンボジアのアンコールワットと、ミャンマーのバガン。いずれもすでに訪れているので、これで一応の制覇ということになる。世界といいながら、すべて東南アジアに集まっているのは、少し不思議でもあり、どこか納得もできる。

ポロブドゥール遺跡

入口のゲートでは、通常なら入場券の確認と手荷物検査がある。ただ、ここでもホテルでもらったカードを見せるだけで、そのまま通過できた。宿泊者特典のありがたさを、ここでも実感する。

ポロブドゥール遺跡

間近で見るポロブドゥールは、やはり大きい。規模だけならアンコールワットのほうが上だが、回廊や付属建築が広がる構成を考えると、ひとつの塊として立ち上がる建築物としては、ポロブドゥールのほうが大きく感じられる。

さすがに名の知れた世界遺産だけあって、訪問者の数も多い。強烈な日差しを避けるため、大きな傘を差して歩く人の姿が目立つ。もっとも、それらの傘は私物ではなくレンタル品。こういうところでも、何でも商売にしてしまう東南アジアのたくましさを感じてしまう。

ポロブドゥール遺跡

寺院全体は、まさにピラミッドと呼びたくなる造りで、全体は九層構造。
最下部の一辺は118メートル、高さは35メートルある。

ただし、すべてを石で積み上げているわけではない。小高い丘を土台にし、その周囲を覆うように石組みが施されている。そのため内部は空洞になっておらず、いわゆるピラミッドとは構造が異なる点が興味深い。

最下層から五層までは、壁一面に精緻なレリーフが彫られている。本来ならじっくり見て回りたいところだが、それを始めるときりがない。まずは全体像をつかむため、足早に最上層を目指すことにした。

ポロブドゥール遺跡

七層目まで上がってくると、周囲には多数のストゥーパ(仏塔)が並ぶ。
石のブロックを組み上げて造られており、石の色の濃淡によって、まるで模様が施されているかのようにも見える。

こうした幾何学的な造形に囲まれていると、ここが仏教寺院であることを忘れ、どこか別の場所に立っているような感覚になる。

ポロブドゥール遺跡

数多くのストゥーパの間を歩いていると、次第にすべて同じ景色に見えてくる。そんな中で、仏像が露わになっている場所がある。整然と並ぶストゥーパの中に、二体だけ仏像が姿を現していた。

周囲が同じ形のストゥーパばかりだからこそ、この仏像の周りには自然と人が集まる。確かに写真を撮るなら、この二体は外せない存在だ。

ポロブドゥール遺跡
上の写真とは別の、釈迦如来像。

背後に無数のストゥーパが立ち並び、これこそ私が思い描いていたポロブドゥール寺院の光景だった。

鼻の一部は欠けているものの、身体の曲線は美しく残り、全体として保存状態は良好に見える。ポロブドゥール寺院が築かれたのは7〜8世紀。千年以上の時を経ているとは、にわかには信じがたい。

ポロブドゥール遺跡

ストゥーパの中には、仏像が安置されている。
このように、あえて隠すような形で納められているのには、何か意味があるのだろうか。

とにかく、このボロブドゥール寺院には、
他の仏教寺院ではあまり感じたことのない、不思議な奥深さが漂っている。

ポロブドゥール遺跡

レリーフ

ポロブドゥール遺跡

ボロブドゥール寺院は、九層からなるピラミッド構造。
下部は正方形の層が六層、上部は円形の層が三層という構成になっている。下部六層の周囲は回廊になっていて、実際に歩いて巡ることができる。その壁面一帯に刻まれたレリーフが、ボロブドゥール寺院最大の見どころだ。

ポロブドゥール遺跡

プランバナン寺院にも精緻なレリーフが残っているが、規模や保存状態という点では、ボロブドゥールのほうが一段上に感じられる。これらのレリーフをすべてつなぐと、総延長は約5キロにもなるらしい。

ポロブドゥール遺跡

彫りは深く、輪郭も驚くほどはっきりしている。人物のやわらかな表情まで伝わってきて、遺跡に強い興味がなくても、自然と引き込まれるはずだ。

ポロブドゥール遺跡

じっくり見始めると相当な時間がかかりそうだし、明日も再訪する予定がある。今日は無理をせず、細かく見るのはやめておくことにした。

頂上付近でのんびり過ごしているうちに、気づけば午後2時を過ぎていた。空腹が限界で、最後に食事をしたのはジャカルタの空港、朝6時ごろだったことを思い出す。

遺跡から街へ戻る際は、ホテル専用ではなく一般観光客と同じルートを使った。すると土産物売りの数が、想像以上に多い。地元観光客が多かったおかげで、比較的楽に抜けることはできたものの、その数には圧倒された。それでも、これぞアジアの観光地だな、と妙にうれしくなったりもした。

ポロブドゥールの街

昼食は遺跡周辺のレストランでは済ませず、街中にある小さな食堂へ入った。
そこで食べたのが、ミーアヤムと呼ばれる鶏そば。ジャカルタの空港で口にしたものより、はっきりと美味しかった。しかもローカル向けの店なので、値段は一杯5,000IDR(約50円)と驚くほど安い。エアコンなど効いていない店内で、汗をだらだらかきながら食べるのも、悪くない体験だった。

あまりの美味しさに、勢いでもう一軒別の食堂に立ち寄り、再びミーアヤムを食べてしまう。写真が残っていないのが残念だ。旅の途中でカメラをなくしてしまい、この味も風景も、記憶の中にしか残っていない。

ポロブドゥールの街

市場があったので少し歩いてみたが、思ったほどの活気はなかった。
訪れたのが午後3時を過ぎていて、すでに一日のピークを過ぎていたのかもしれない。

3day-166

ジョグジャカルタ行きのバスを調べたりしながら、あてもなく歩いていると、急に雲があたりを覆い始め、強い風が吹き出してきた。いかにも雨が来そうな空模様だ。これはまずい。急いでホテルへ戻ったほうがよさそうだ。

マノハラホテル

部屋に戻った直後、予想どおりスコールのような激しい雨が降り始めた。早めにボロブドゥール寺院を見ておいて、本当に正解だった。もし昼寝をしてから出かけていたら、今ごろはずぶ濡れになっていただろう。

結局、雨はなかなか止みそうにもない。それに昨晩は空港で仮眠を取っただけだった。無理をせず、身体を休めるべきだと思い、軽く横になることにした。

次に目を覚ましたときには、すでに午後8時。外はすっかり暗くなっていた。

マノハラホテル
ホテルレストランでディナー。これだけ食べて日本円で1,000円ほど。

すでに大半の宿泊客は引き上げたあとで、レストランは空いていた。
そのおかげで、遠くにライトアップされたボロブドゥールを望める席に座ることができた。

食事はインドネシア名物づくし。
手前からナシゴレン(焼き飯)、サテー(牛肉のピーナッツソース焼き)、そしてビンタンビールのビッグボトル。ローカル食堂に比べれば値段は高いが、日本と比べれば気にならない程度だ。味もさすがホテルのレストランだけあって、どれも安定感がある。これだけ食べて、105,000IDR(約1,000円)だった。

今日は本当に長い一日だった。
明日は早朝に起きて、ボロブドゥールのサンライズツアーに参加する予定だ。きっとまた、長い一日になるのだろう。

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