宿はパンの朝食つきでしたが、06:30~だったので、スルーして出発します。
広島駅の改札は午前5時30分オープンなので、まだ開いていませんでした。日の出が早い時期だと、この時間は少し遅く感じてしまいますね。

改札横で時間つぶしに時刻表を見ていると、呉線の平日と週末のダイヤがかなり違うことに気づきました。特筆すべきは、休日の昼間が3~4本に増えることでしょうか。反対に、休日の朝はほぼ半減しています。これは、呉線を利用して広島方面へ買い物に出かける人が多いことの表れかもしれませんね。
広島05:40→広06:30
呉線 普通・弘行き

2階の改札が開いてすぐに来たのですが、すでにホームには数人並んでいる人がいました。どうやら地下の改札からのほうが早かったようです。改札が開くタイミングが早かったのか、あるいは単純に移動距離が短かったのか、気になるところですね。

赤いローソンだと!

なんと、赤いローソンがあるんですね!その理由は、近くに広島東洋カープの本拠地であるマツダスタジアムがあるからなんです。先ほど見かけた赤いローソンは、広島駅からスタジアムへの徒歩ルート上にあるので、試合がある日はかなり繁盛するでしょうね。対戦チームのファンは、もしかしたら意地でもここで買い物したくないと思うかもしれません(笑)。

水尻駅付近からかるが浜駅にかけて、列車は海沿いを走ります。穏やかな朝焼けの空の下、波静かな広島湾を眺めながら進む車窓は、本当に心地よい時間でした。やわらかな朝の光が、あたりを優しく包み込んでいます。
広06:33→三原08:02
呉線 普通・糸崎行き
終点広駅での乗り継ぎはわずか2分しかなく、しかも跨線橋を使ってホームを移動する必要があったため、写真を撮る暇はまったくありませんでした。列車は4両から2両へと短くなりましたが、なんとか海側の座席を確保できました。
広駅を過ぎると、列車の本数はいっきに減少します。広駅を出て次の**仁方駅(にがたえき)**の手前では、さっそく「必殺徐行」がありました。ここから先は、まさにローカル線の旅が始まったという趣を感じました。

広駅から先はいっきに列車本数が減少します。広駅を出て次の仁方駅手前でさっそく必殺徐行がありました。いきなりローカル区間といった感じですね。

高台に線路が敷かれた区間では、線路メンテナンスの困難さから「必殺徐行」と呼ばれる速度を落とす場所が多い印象です。高台から建物越しに見える海の景色は、観光客にとってはありがたいことですが、日常的にこの路線を利用する地元の方々にとっては、少なからず不満を感じてるでしょうね。



安浦駅から風早駅(かぜはやえき)にかけての区間では、多少建物が視界の邪魔になる箇所もありましたが、それでも海の景色は本当に素晴らしかったです。この区間で見えた安芸津の三津湾(みつわん)は、無数の牡蠣棚が穏やかな海に浮かび、まさに瀬戸内海らしい風光明媚な風景を心ゆくまで堪能することができました。



昨日、この忠海港から大久野島へ行きましたね。広島駅からの始発列車を利用すれば、大久野島行きの始発フェリー(7:40出航)には間に合いませんが、次の8:30発のピンク色の高速船には乗船できます。朝はお腹を空かせたうさぎたちが、きっとたくさん寄ってきてくれるでしょうね。

忠海駅から大乗駅にかけての区間は、呉線の中でも特に線路が海に最も近い場所を走ります。正面に見える小さな島は細島(ほそしま)、そしてその左奥の大きな島は因島(いんのしま)です。

おなじみのくじら島(有竜島)がまた見えてきました。本当に海とは思えないほど波一つなく、穏やかな瀬戸内海ならではの美しい風景が広がっています

朝陽が差し込む時間帯で、車両の進行方向とは逆光になりましたが、安芸幸崎駅を発車し、みはらし温泉跡地付近のカーブからは、しばらく高台を走るため、ここからの眺めも格別でした(昨日乗車しましたが…)。この区間にも、いくつか必殺の徐行区間があり、ゆっくりと景色を堪能できました。
昨日は竹原~三原間だけでしたが、これで呉線を完乗です。!全体を通して、海沿いを走る区間が多く、美しい景色を存分に楽しめました。しかし、やはり忠海駅から三原駅にかけての区間が、途切れることなく海を眺め続けられた点で、個人的にはこの区間が一番心に残りました。

新幹線も停車する三原駅は、1990年の在来線高架化によって、近代的なターミナル駅へとその様相を一新しました。白を基調としたモダンな駅舎と、光を強く反射する地面のタイルが組み合わされ、駅周辺は常にまばゆいほどの明るさに満ちています。

広島がカープの赤なら、三原は「たこ」の赤色で街を彩っています。街全体でたこを推しているのが伝わってきますね。ということで、たこ飯を買いにいきます。

三原駅前の商店街に店を構える「こだま」は、地元でも評判の人気店です。ここで名物のたこ飯弁当を購入し、生口島の瀬戸田で広がる海を眺めながら、ゆっくりと味わう計画でしたが…

しかし毎週月曜日が定休日のはずなのに、今日火曜日なのに臨時休業でした。これは残念すぎますね…。しかし、昨日スーパーで購入した半額おにぎりが「賞味期限が切れるから早く食べろよ」と言わんばかりの暗示のようにも感じました。

昨日購入した「アバンセ」は高級志向のスーパーのはずなのに、このおにぎりには正直がっかりしました。具が少なすぎます。昨今話題のセブンイレブンのおにぎりと同レベルの具の少なさで、もし半額でなかったら、本当に怒りを感じるレベルでしたね。

昭和の匂いがぷんぷんする三原港のターミナルビル。

瀬戸田行きは8時45分発だと思っていましたが、改札の表示には10分早い8時35分と表示されていました。どうやら三原~瀬戸田間は2社が運航しているようで、迷わず早い便に乗船することにしました。これだけ便数があるということは、やはり需要もかなり高いのでしょうね。ほかに因島方面への航路も運行されていますが、そちらは広島ワイドパスの対象外です。
三原港08:35→瀬戸田港09:05
マルト汽船/920円


高速船なので外部デッキはないものだと思っていました。しかし、後方に8席限定の外部席が設けられていたんです。瀬戸内海の風を感じながら移動できます。

くもひとつない天気で、まさに秋晴れ。

最初に寄港したのは小佐木島(こさぎじま)でした。ここは、住民以外の立ち入りが禁止されており、介護などの用事がある人以外は下船できないと案内されていました。しかし、常連さんのような釣り人が1名降りていきました。暗黙の了解といったところでしょうか(笑)。

ちなみに、会社によっても便によっても寄港する港が異なっていました。

ただの移動といえばそれまでですが、これはまさに瀬戸内クルージングと呼ぶにふさわしい。朝の潮風がとても心地よく、景色も最高で、本当に気持ちいい!たった30分で到着してしまうのは、少し寂しく感じてしまいますね。


船は生口島と高根島の間にある瀬戸田水道を南下していきます。この瀬戸田水道は、両島の間に幅約200メートル、長さ1キロメートルにわたって続く細い水路です。この途中に、生口島瀬戸田港があります。

船は、生口島と高根島を結ぶ高根大橋の真下をくぐります。1989年に開通したこの橋は、中央径間が比較的短い、美しいアーチ橋として知られています。その橋桁下の高さは約23メートルとされており、瀬戸田水道を航行する船舶が安全に通行できるよう設計されています。瀬戸内海の多島美の中で、鮮やかな黄色のアーチが景色に彩りを添え、魅力的なアクセントとなっています。

ところで「水道」と「海峡」の違いには厳密な定義があるわけではないようですが、地形的特徴から使い分けられているようです。一般的に「水道」は、陸地の間を流れる比較的狭く、水深もそれほど深くない水路を指します。対して「海峡」は、大陸や大きな島と島の間を隔てる、より広範囲で水深のある自然の通路を指すことが多いです。この観点から見ると、瀬戸田水道はその名の通り、島の間に引かれたような細い水路という印象ですね。

生口島へと到着しました。この島の人口は約8,400人(2020年国勢調査より)。温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、多様な産業が島の経済を支えています。
主要な産業は、何と言っても柑橘類の栽培です。特に「瀬戸田レモン」は全国的に有名で、日本一の生産量を誇ります。また、サイクリングの聖地「しまなみ海道」が島を通り、国内外から多くのサイクリストや観光客が訪れる、観光業も盛んな島です。

生口島にはこれまでも何度か来ていて、耕三寺には何度も足を運び、平山郁夫美術館も一度訪れたことがあります。また、しまなみ海道サイクリングでは島の反対側(東側)を走ったことがあるので、今回はまだ行ったことのない島の西側、港の周辺をぶらりと散策してみることにしました。

時刻は9時過ぎでしたが、宿泊施設からはサイクリングに出発していく外国人がたくさんいました。やはり欧米の方は朝をゆっくり過ごすのが一般的なのでしょうか。私だったら、朝が明るくなった時点でもう出発していると思います。早朝なら少しでも涼しい時間帯に走れますから。

とにかく高くて眺めの良い場所が好きなので、今回は高台に位置する向上寺へ向かいます。世に言う「馬鹿と煙は高いところが好き」という言葉は、まさに自分のためのもの。良い景色を見るためなら上り坂も苦に感じない、三度の食事よりも素晴らしい眺望を求めてしまう性分です。


向上寺に立つ三重塔は、高さは約23メートル。朱色の塔は、新緑の木々の中に堂々とそびえ立ち、歴史と自然が見事に調和した景観を作り出しています。

この三重塔は、室町時代中期の永享4年(1432年)に建立されました。当時の生口島の領主であった小早川信元と信昌が建てたもので、日本の伝統的な和様と、中国から伝わった禅宗寺院の唐様(禅宗様)という異なる二つの建築様式が見事に融合しています。その歴史的・芸術的価値が認められ、1958年(昭和33年)に国宝に指定されました。

向上寺の三重塔の裏手にある潮音山公園へ到着しました。残念ながら、視界が開けていたのは瀬戸田の街がある南西方面だけでした。もう少し広範囲の景色を期待していたのですが…。

しかし、三重塔の屋根と瀬戸田の街並み、瀬戸内海の島々。絵になりますね。

三重塔の屋根と瀬戸田の街並み、そしてその先に広がる瀬戸内海と島々が織りなす景色は、まさに絵画のようでした。この組み合わせは、本当に絵になりますね。

下山ルートからは、耕三寺にある真っ白な「未来心の丘(みらいしんのおか)」が見えてきました。SNSでよく見かける「映えスポット」として、最近特に注目されていますね。耕三寺は、その独創的なコンセプトと壮大なスケールから、もはや単なる宗教施設という枠を超え、現代の観光客が求める「映え」を意識したユニークな寺院としてテーマパーク的な要素が強いですね。
しおまち商店街
「しおまち商店街」は、瀬戸田港から耕三寺まで約600メートルにわたって続く、島で最も賑わう商店街です。古き良き昭和の面影を残すレトロな雰囲気が特徴で、約50店舗が軒を連ねています。

漢字で書くと「汐待」なのですね。「汐待(しおまち)」とは、かつて船乗りが潮の流れが穏やかになるのを港で待つことを指します。瀬戸内海では潮の干満差が大きく、船は潮の流れを読んで航行していました。
瀬戸田港は、この「潮待ち」の拠点として栄え、多くの船や人々が集まる場所でした。船が潮待ちをする間、乗組員や商人が滞在し、食事や物資の補給、娯楽などを求めたことで、自然と商店が集積し、現在の「しおまち商店街」の賑わいの基礎が築かれました。商店街の名前は、この歴史的な背景を今に伝えるものです。




「サイクリングの聖地」として名高いしまなみ海道が生口島を通ることから、「しおまち商店街」はサイクリストにとって重要な休憩地点となっています。
しまなみ海道を最短ルートで走る場合、生口島の西側は通常通りません。にもかかわらず、商店街で多くのサイクリストを見かけるということは、単に走り抜けるだけでなく、島内観光を楽しみながらサイクリングを満喫する人も少なくないことを示唆しています。
筆者がその時間帯に目にしたのは、ほとんどが欧米からのサイクリストでした。このことから、日本人と比べて、彼らには観光地をじっくり巡り、その土地の文化に触れるようなサイクリングスタイルがより深く根付いているのかもしれませんね。


「サイクリングの聖地」として名高いしまなみ海道が生口島を通ることから、「しおまち商店街」はサイクリストにとって重要な休憩地点となっています。
しまなみ海道を最短ルートで走る場合、生口島の西側は通常通りません。にもかかわらず、商店街で多くのサイクリストを見かけるということは、単に走り抜けるだけでなく、島内観光を楽しみながらサイクリングを満喫する人も少なくないことを示唆しています。
筆者がその時間帯に目にしたのは、ほとんどが欧米からのサイクリストでした。このことから、日本人と比べて、彼らには観光地をじっくり巡り、その土地の文化に触れるようなサイクリングスタイルがより深く根付いているのかもしれませんね。



瀬戸田港に戻ってきたのはまだ9時50分でした。しおまち商店街も、ほとんどのお店が本格的に営業を開始するにはまだ早い時間帯でした。当初は11時25分の船で尾道へ行く予定で、瀬戸田でゆっくり過ごそうと考えていましたが、次の10時の船に乗れるのでそのまま尾道へ向かうことにしました。瀬戸内海の島で「のんびりしたいな~」と思っていたものの、どうもじっとしていられない貧乏性な性格が災いして、ゆっくりはできそうにありません。
広島05:40→広06:30 呉線 普通・弘行き
広06:33→三原08:02 呉線 普通・糸崎行き
三原港08:35→瀬戸田港09:05 マルト汽船/920円
瀬戸田港10:00→尾道港10:39 高速船/1,500円
尾道13:31→糸崎13:40 普通・三原行き
糸崎13:53→宮島口15:41 普通・岩国行き
宮島口15:55→宮島16:05 JR西日本宮島フェリー
宮島17:25→宮島口18:35 JR西日本宮島フェリー
宮島口17:49→新白島18:14 普通・西条行き