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vol.06 アンデス超え、古都クスコへ【2009 南米2か月】

出発後はぐっすり眠れたのですが、3時間ほどして目が覚めると、なんだか気持ちが悪い。山間部を走ることはわかっていたので車酔いかとも思いましたが、もしかして高山病?何より寒いし、酸素が薄い感じがします。

出発前に友人からもらった高山病に効くというダイアモックスはまだ飲んでいません。できるだけ水を飲むという教えを守っています。こういうときは無理をせず、水分をとって体を慣らすのが大事らしい。

それでも早朝のアンデス越えの景色は本当に素晴らしかった。雪がまだ少し残った山肌、遠くには雪をかぶったアンデスの山々。標高が高いぶん空気が澄んでいて、輪郭がくっきりと見えるのが印象的でした。写真を撮るほどの明るさではなかったし、体もしんどくて撮れませんでしたが。

しどろもどろしているうちに夜が明けてきました。時計を見ると標高4,275m。そりゃ空気が薄いわけだし、寒いわけです。ナスカの標高は520mほどなので、標高差でいえば日本の平地から富士山頂をも超えるところまで一気に移動したようなもの。体がついてこないのも無理はありません。

窓が外の寒さで曇っていましたが、それでも伝わってくる絶景。標高4,000m超の世界にこれほど広大な平地が広がっているとは信じられません。ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンにまたがる標高4,000m前後の高原地帯はアルティプラーノ(Altiplano)と呼ばれていて、どこまでも続く広大な景色は、これまで見たことのないスケール感でした。

雨季ということもあってところどころ緑が見えますが、樹木らしきものは見当たりません。標高4,000mを超えているので、当然森林限界を超えているのでしょう。

どんどん下っていきます。標高が下がるにつれて寒さも少しずつやわらいでいきました。2階席の一番前だったので、窓からの冷気をまともに受けていたのかもしれません。

高地を走るバスは快適なカマクラスで

しばらくすると朝食サービス。オレンジジュース、コーヒー、パンケーキ、ゼリー、そして温かいチーズサンド。この標高で温かい食べ物が出てくるのはありがたい。

カマクラスで144ソル(4,320円)は正直かなり高いと感じましたが、3列シートでゆったりしていて快適でしたし、サービスも充実していました。長距離でカーブが多く、標高も高いこの区間は、このクラスで正解だったかもしれません。途中で高山病のような症状も出ていたので、少しでも楽な環境で移動できたのは大きかったです。

これぞアンデスと言いたくなるような景色。深い緑に包まれた山々が幾重にも連なり、その上には広い空が広がっています。体調は万全ではなかったけれど、一番前の席で正解でした。

だいぶ標高が下がってきましたが、それでも2,000mはあります。だから空がこんなに青い。車内も暖かくなり、酸素の薄さもずいぶん解消されて、普通に呼吸できるようになりました。さっきまでの苦しさが嘘のようです。

途中1度だけ休憩がありました。基本的にバスにはトイレが付いているので、休憩はほとんどありません。

そしてまた標高が上がっていき、4,000m近くへ。カーブも続くし車内の温度差も激しいし、なかなか体にこたえます。後ろのおばちゃんが吐いていました。このルートはかなりハードです。

東南アジアほどではないにしろ、対向車とのチキンレースもたまにありましたが、無理をしすぎないのでのんびり見ていられます。ベトナムのときは本当にひどかった。あれに比べれば、かなり安心して乗っていられます。

カーブと急勾配が続いていた道がなだらかになったのは、クスコ到着まで1時間を切ってから。それまでの揺れや息苦しさが嘘のように楽になりました。車酔いしやすい体質だったら本当に地獄だったと思います。高山病のような症状もこの頃にはすっかり落ち着いていました。なだらかになったとはいえ、まだ標高3,000m超えです。

14時を過ぎたころ、ようやくクスコの看板が見えてきました。出発から13時間。長かったアンデス越えも、ついに終わりが見えてきました。

クスコは盆地に広がる街で、赤い屋根の建物が立ち並んでいてとてもきれいです。周囲を山に囲まれた地形は、かつてインカ帝国の中心として栄えた理由もなんとなくわかる気がします。

バスを降りると土砂降りの雨。クスコはこの時期が雨季にあたります。乾燥したナスカとはまるで別世界です。

バスターミナルからはタクシーで中心部へ。標高3,000mを超えているので、高山病の症状が出ないようにしばらくは無理をせず行動する必要がありそうです。

雨のクスコと高地での過ごし方

久しぶりに荷物を広げてのんびりしたかったので、シングルルームのある宿を探しました。

アルマス広場から徒歩3分ほどのホステル・ロハス(Hostal Rojas)にチェックイン。シングルは満室で、最初に見せてもらったツインは窓なし。最後に案内してもらったバルコニー付きの部屋に即決しました。1泊20ドル(1,900円)とやや高めですが、部屋も広くかなり満足。そしてなによりWi-Fiが飛んでいます!

バルコニーからの景色。雨のクスコも似合うなあ。濡れた屋根と石畳が、街全体の雰囲気をより一層引き立てています。

高山病対策としてはすぐに寝ないこと、そしてあまり動かないこと。でもじっとしていられず、ちょっと散歩に出てしまいました。休んだほうがいいのはわかっているのですが、やっぱり街を見たい気持ちが勝ってしまいます。

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インカ帝国の首都クスコという街

雨にぬれた石畳の道も素敵で、歩いているだけで歴史を感じるような街並み。

アルマス広場の噴水とカテドラル。雨も上がり、空が少し明るくなってきました。雲の切れ間から差し込む光が、街をゆっくりと照らしていきます。

ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会(Iglesia de la Compañía de Jesús)とアルマス広場。インカ帝国の皇帝ワイナ・カパックの宮殿跡に建てられたイエズス会の教会で、精巧な彫刻が施されたバロック様式のファサードと2つの塔が印象的です。

どの方向を向いても山が見え、クスコが盆地の街だと実感できます。周囲を囲む山々が、この街独特の閉じた空気感を作り出しているようです。

リマではほとんど見かけなかった、自分がイメージしていたペルー人の姿。クスコに来てからはあちこちで見かけるようになりました。先住民(インディヘナ)の方々で、民族衣装をまとった女性や赤ちゃんをおんぶした姿が目に入るたびに、「南米に来たんだな」と実感します。

クスコは歴史の古さを感じさせる街です。

クスコ(Cusco)はケチュア語で「へそ」を意味し、インカ帝国にとってまさに世界の中心でした。1200年代から1533年にスペイン人のピサロに征服されるまで、インカ帝国の首都として栄えた都市です。1983年には世界遺産に登録されています。

スペインに征服された際、インカ時代の神殿や宮殿の多くは破壊されましたが、カミソリの刃一枚通さないと言われるほど精巧なインカの石積みはあまりにも頑丈で壊せず、スペイン人はその土台の上にそのまま教会やスペイン風の建物を建てていきました。インカとスペイン、2つの文明が混ざり合った独特の街並みが今も残っています。

ひさびさのイタリアン

クスコはマチュピチュへ向かう拠点となる町でもあるため、世界中から観光客が集まり、ツーリスト向けのお店もかなり多いです。

リガトーニ・アル・ポモドーロ 14ペソ(320円)

宿の近くにあった小さなイタリア料理屋へ。量が少ないかと思いきや、やっぱりペルーらしくたっぷりの盛り付け。しかもちゃんと茹でられていて、外国でありがちなぶよぶよパスタではなく、おいしかったです。居心地が良かったので食後にホットコーヒーを追加して、のんびりしていました。専用のピザ釜もあったので、次回はピザも食べてみたいところです。

夜のクスコと落ち着いた街の灯り

コーヒーを飲んでのんびりしていると、すっかり暗くなっていました。夜のクスコはほんとうにきれい。オレンジ色の暖色系の明かりが多く、落ち着いた雰囲気です。

夜のアルマス広場。電飾の色使いなどの規制がかなり厳しいのでしょうか、派手すぎず落ち着いた光の中に歴史的な景観がしっかり守られている印象です。なかなかいい雰囲気です。

ベンチでのんびりしていると、いろんな物売りが声をかけてきますが、そんなにしつこくはありません。印象的だったのは、アルパカの毛で作った人形を売る子ども。おそらく5歳くらいで、頬を赤くしながら必死に「1ソル……」と売りに来ます。

同情して買いたくはないので断り続けましたが、これがつらい。こういう場面で悩んでしまうのが嫌なので、自分の中で「物売りや乞食には買わない、あげない」というルールを決めています。正しいかどうかはわかりませんが、少なくとも自分の中では、そうやって線を引くようにしています。

クスコは盆地だけあって階段の多い町。でも空気が薄いのであまり登りたくありません。少し坂を上るだけで息が上がるので、ここが高地だと実感させられます。

アルマス広場の近くに宿をとっていたので、暗くなってからの帰り道も不安はありませんでした。もともと人通りが多く、夜でも問題なさそうな雰囲気です。

明日は標高に慣れるために、クスコの町をゆっくり散歩する予定です。