vol.1 流氷チャレンジ。真冬こそ北海道へ|2008 北海道

能取岬から接岸した流氷を見下ろす

過去、二度にわたり流氷に見放されている。

二十歳の卒業旅行で、私はひとり北海道を訪れた。網走まで足を延ばしたものの、悪天候により観光船は欠航。期待していた流氷は接岸していたが、暴風雪で見ることは叶わなかった。さらに昨年三月の再訪時、流氷はすでに沖へと去った後だった。岸辺に連なるはずの氷帯はなく、ただ青いオホーツク海が広がるばかり。

その帰路、立ち寄ったオホーツク流氷館でそのメカニズムを知った。流氷はこの海で凍るのではない。発生源はロシア側、アムール川が注ぐ海域だ。大量の淡水が海水の塩分濃度を下げ、凍りやすい状態をつくる。さらに河口周辺の大陸棚といわれる浅い海域が、冷えやすい環境を生む。そこへシベリアからの厳しい寒気が加わり、海氷が形成されるのだ。それが北風と海流に押され、南下してオホーツク海沿岸へと漂着する。

世界でもこれほど低い緯度まで流氷が接岸する海は珍しいという。

だが温暖化の影響で接岸期間は年々短くなり、量も減少傾向にあると聞く。この先、当たり前に見られる景色ではなくなるかもしれない。そう思うと、次の機会を悠長に待つ気にはなれなかった。

二年連続の挑戦となる。時期を前年より一ヶ月早め、さらに一日の予備日も確保した。建国記念日の連休を絡めた、四日間の道東旅。 流氷を見るための、少し本腰を入れた旅が始まる。

目次

雪降る大阪から快晴の北海道へ

道東方面への直行便は、関西空港―女満別空港を結ぶ一便のみ。出発は昼過ぎで、まだ時間に余裕があった。梅田で買い物を済ませてから、空港へ向かうことにする。

滋賀で降っていた雪は京都に入っても弱まらず、大阪市内に入っても、しんしんと降り続いていた。大阪でこれほど雪が舞う光景は、かなり珍しい。

ラピートβ39号 新今宮駅11:02 → 関西空港駅 11:37

せっかく大阪まで出てきたのだからと、新今宮駅から南海電鉄の特急ラピート号に乗車してみた。乗車券890円、特急券500円。

ホームに滑り込んできた車体を見て、やはり思う。どうしても鉄人28号を連想してしまう。丸みを帯びた前面と、どこか無機質な表情。何度見ても強烈な印象が残る。車内に入ると、大きく丸い窓が目に入った。これほど大胆な窓を備えた列車は、ほかではあまり記憶にない。

新今宮駅から関西空港駅までは、特急料金を払ってもわずか35分。拍子抜けするほど近い。
大阪を起点に考えれば、関西空港は決して遠い場所ではない。

関西空港の国内線出発ロビー

関西空港のターミナルでは、中国人観光客の姿がひときわ目立っていた。もっとも、このあと北海道を旅していても、中国人旅行者の姿をたびたび見かけることになる。中国では旧正月にあたる長期休暇の時期。その影響は想像以上に大きいように感じられた。

雪がパラパラと降っていて、対岸の泉佐野市はまったく見えない。

JAL2619便 関西12:50 → 女満別14:50

女満別空港行きの機材はMD90。比較的小ぶりな機体ということもあり、3連休初日の機内は満席だった。乗客の多くが、この時期の道東を目指している。目的はやはり流氷だろうかと想像する。

大阪よりさらに南に位置する関西空港でも、雪はなお降り続いていた。ただし風は穏やかで、運航に影響が出る気配はないようです。

雪が舞うなか、機体はゆっくりと滑走路へ向かう。窓の外では白い粒が途切れることなく落ちてくる。まだ本州にいるはずなのに、すでに北海道へ足を踏み入れたような感覚があった。

なんで地味なめはり寿司を買ったのだろう。

関西空港で買った和歌山名物の「めはり寿司」を昼食にする。
寿司と名はつくものの、もともとは保存食。味付けも素朴で、正直なところ、横に並んでいた柿の葉寿司にしておけばよかったと少し後悔した。

前日にWEBチェックインを済ませ、窓側の席は確保していたが、本州上空は分厚い雲に覆われ、飛行中はほとんど雲の上を飛んでいた。ようやく雲が途切れたのは、青森県の下北半島が見えたあたりからで、少しずつ視界が開けてくる。

北海道の屋根、日高山脈

北海道を南北に約150kmにわたって貫く、峻険(しゅんけん)な日高山脈。白銀の稜線が青空に映えるその姿は、まさに「北海道の屋根」。圧巻の絶景です。 

十勝平野の中心にある帯広市。背景に中央に十勝山脈、右側が大雪山系

眼下には真っ白で雄大な帯広平野が広がり、その背後には、十勝連峰、さらに北海道一の高さを誇る大雪山系の姿も見えてきた。
到着が近づいてきたせいか、機内では目を覚ます人が増え、外の景色に見入る乗客の姿が目立ってきた。

左が阿寒富士1,476m、中央に火口を持つのが雌阿寒岳1,499m。

高度がだいぶ下がったところで、火口から煙を上げる雌阿寒岳と阿寒富士が視界に飛び込んできた。
真っ白な山肌の火口から、わずかに立ちのぼる煙。噴煙と雪景色が同時に見える光景は、不思議な印象を残す。

凍結した阿寒湖の上空を通り過ぎ、やがて女満別空港への着陸態勢に入った。
天気予報どおり、道東の空は穏やかで、この先の旅を期待させるものだった。

女満別空港に到着したJAL2619便

女満別空港には、定刻より少し早い14時45分に到着した。
雲ひとつない青が広がっている。出発地の関西空港とは打って変わって穏やかで雲ひとつない青が広がっている。嬉しいことに週間天気予報を見ても、今日から明後日にかけては、晴れのマークが並んでいる。

空港ターミナルを出てレンタカーの営業所へ向かい、初めて外の空気に触れてみる。
思っていたよりも寒くない、というのが正直な感想だった。前日までの天気予報では、マイナス10度近い冷え込みを伝えていたが、空港に設置された温度計は0度を示している。
暖かいと言うのは少し違うが、今日の滋賀の気温と比べても、北海道との大きな差は感じられなかった。

真冬だけどレンタカー

流氷を目的とする網走から知床のエリアは、大きな町が少なく、拠点間の距離も長い。列車やバスの本数は限られ、移動は想像以上に時間も費用もかかる。

昨年は公共交通機関を中心に回ったが、アクティビティーが中止になった途端、予定の組み直しが難しくなった。行き先の選択肢が一気に狭まり、冬の道東で身動きが取れなくなる心細さを実感した。

その経験から、今回は移動手段を見直すことにした。よほどの悪天候でない限り、レンタカーのほうが柔軟に動ける。4日間借りる決断に迷いはなかった。

雪道への不安がなかったわけではない。ただ、滋賀でも毎年のように雪道を走っている。道東は北海道の中でも特別に降雪量が多い地域ではないと聞く。慎重に運転すれば問題ない。そう考え、今回は自分でハンドルを握ることにした。

今回の旅のお供 デミオ

今回のレンタカーは、マツダレンタカーのデミオ。
ちょうどJTBのプランでデミオのキャンペーンが行われており、料金は1日あたり4,000円と手頃だった。旅行会社のプランのため、1日あたり1,000円ほどかかる免責補償料も、あらかじめ含まれているので結構お得感がある。

すでに時刻は15時を過ぎている。
このまま今日の宿泊地であるウトロへ向かうと、2時間以上はかかるので移動だけで終わってしまう。距離が長いので早く宿には到着したいが、このまませっかくの好天を無駄にするのも惜しい。そこで、オホーツク海を一望できるという能取岬へ、まず向かってみることにした。

メルヘンの丘

国道はきちんと除雪されており、路面に雪はない。
そのため走行は快適だった。とはいえ、道路の外には雪がぎっしりと積もっていて、やはりここは北海道に来たのだという実感を強めてくれる。

女満別空港から北上し、網走の市街地を抜けて、能取岬へ向かう。交通量は一気に減って路面にも少しずつ雪が残るようになり、景色も静かさを増してきた。

おー。車の中から流氷見えちゃった。

能取岬へ向かう最後の曲がり角を折れ、しばらく進むと視界の先にオホーツク海が現れた。道路よりやや低い位置に岬が広がり、その向こうに流氷の海が一望できる。
念願だった流氷が、ついに目の前に広がった。

能取岬の流氷スライドショー

能取岬の地形は全体的に平らで、駐車場の近くからでも海側の眺望が大きく開けている。視界を遮るものはない。夏には牧草地が広がる場所も、冬は雪に覆われて銀世界に変わる。海が近いため雪の量はそれほど多くない。凍った牧草のシャキシャキとした感触と、雪のやわらかさが足裏に伝わる。その感覚が妙に心地よい。

崖下の海には流氷がぎっしりと接岸し、遠くまで白い帯が続いているのがはっきりと分かる。冬の空気は澄みきり、驚くほどクリアだった。

崖の上に立っているわりに、風は思いのほか穏やかだった。もちろん寒さはあるが、身を切るほどではない。

崖下のオホーツク海には、流氷がぎっしりと接岸していた。
冬の空気は澄んでおり、視界は驚くほどクリアだ。遠くの海まで見渡せるが、どこまでも流氷が続いているが分かる。

流氷の合間には、ところどころ海面がのぞく。ただ、一面が氷に覆われているため、流氷が陸で、海が川のようにも見えてくる。錯覚と分かっていても、不思議な感覚に包まれる。

ふと視線を上げると、盛り上がった流氷の頂に大きな鳥が1羽とまっていた。体格と色合いからするとオジロワシだろうか。道東の鳥類の生態系で頂点に立つ存在で、時にオオワシの獲物を横取りすることもあると聞く。静かに海を見下ろす姿には、どこか王者の風格があった。

目を凝らせば、氷の上にはほかにも多くの鳥の姿がある。とくに海に近い流氷の縁に集まっているように見える。氷と海水が交わるそのあたりに、餌となる魚がいるのだろうか。白い世界のなかで、命の気配だけが確かに動いていた。

太陽が傾くにつれ、あたりは次第に幻想的な雰囲気に包まれてきた。

岬の雪の白、流氷の青白さ、その隙間にのぞく海の青、そして空の青。それぞれの色がゆるやかに溶け合い、境界が曖昧になっていく。柵がなければ、陸と海の境目は判別しづらいほどだった。

夕陽を受けた流氷は、言葉にしにくい色へと変わる。青みを帯びたオレンジ色の白。無理に表すなら、そんな印象になる。
さらに時間が進むと、色は藍色に近い深い青へと移ろっていった。

刻々と変わる光と色彩を、ただ立ち尽くして追いかける。
それは、これまで見たことのない、流氷があるからこそ生まれる特別な時間だった。

ウトロを目指せ

気がつけば、すでに日没が迫る時間帯だった。

今夜の宿は知床半島・ウトロ。女満別空港からは確かに距離を縮めてきたが、それでもまだ約90kmある。所要時間はおよそ1時間40分。到着するころには、周囲はすっかり闇に包まれているはずだ。

夕食付きのプランにしていたため、まずは宿へ遅れる旨を連絡する。最終の夕食スタートは19時30分とのこと。まだ余裕で間に合うと分かり、胸をなで下ろす。

原生花園パーキングエリア

さすが北海道というべきか。高い山が少なく、広い平地が続く地形のせいだろうか、太陽が沈んだあともしばらく空の明るさが残っていた。完全な闇に包まれるまでに、思いのほか時間がかかる。

凛と張りつめた冷気のなか、空はどこまでも澄みわたる。そのあまりの美しさに、湯沸湖脇の原生花園パーキングエリアで思わず車を停めた。エンジンを切ると、静寂が一気に広がる。

ここまで遅くなったのなら、もう焦る必要はない。ゆっくりと宿へ向かえばいい。そう自分に言い聞かせながら、しばらく空を見上げていた。

オシンコシンの滝にも寄ってしまった…

ホテル知床のちゃんちゃん焼き

なんとか19時前に、ホテル知床へチェックイン。夕食・朝食付きのプランで予約してある。
部屋に入ってひと息つく間もなく、夕食会場へ急いだ。

会場に到着すると、最終の食事スタートは19時30分とのことだったが、すでにほかの客は食事を終えたあとで、ほぼ貸し切り状態だった。

ウトロでは20時から「オーロラファンタジー」というレーザー光線のショーが行われており、多くの宿泊客は早めに夕食を済ませて見に行くようだ。
見に行かない人にとっては、落ち着いて食事ができるのでありがたい反面、従業員さんには少し申し訳ない気持ちにもなる。

ホテル知床 ちゃんちゃん亭

北海道の大型ホテルでは、夕食は基本的にバイキング形式が多い。
個人的には、バイキングはあまり好きではない。
理由はいろいろあるが、出来立てではないのでそれほど美味しく感じられないことと、料理を取りに行くのが正直めんどうだからだ。
もっとも、どこのホテルでも比較的安いのが魅力ではある。

明日も別のホテルで夕食をとる予定だが、そちらもバイキング。
さすがに二日連続は避けたかったので、追加料金を払って「ちゃんちゃん焼きコース」に変更しておいた。

ほどなく料理人の方がやってきた。
鮭とホッケについて説明を受け、手際よく調理が始まる。

「4人くらいいると、鮭をまるまる一匹使うので豪快ですよ。
ちゃんちゃん焼きの語源、知ってますか?」

もともとは漁師料理で、お父ちゃんが焼いていたことから、
“お父ちゃん”の「ちゃん」で“ちゃんちゃん焼き”になったらしい。

調理前の鮭とホッケのちゃんちゃん焼き

もともとは漁師料理で、お父ちゃんが焼いていたことから、
“お父ちゃん”の「ちゃん」で“ちゃんちゃん焼き”になったらしい。

実は料理漫画などで、ほかにもいくつかの説を知っている。
焼くときに“ちゃんちゃん”と音がするから、という説もあるそうだ。
どれが正しいかは定かではないらしい。

実は料理漫画でいくつかの語源を知っているが。
どれが正しいというは定かではないらしい。
ほかには鮭を焼いたときにちゃんちゃんと音を立てるとか・・・。
ちなみにホッケだけのちゃんちゃん焼きを食する地域も存在するらしい。

目の前で、あっという間に料理が完成していく。
調理前に「どこから来たの?」と聞かれたのは、味付けの濃さを調整するためだった。

「関西だから、少し薄めにしておいたよ」

心憎いおもてなしである。

完成した鮭とホッケのちゃんちゃん焼き

味噌の濃さはちょうどよく、いっしょに入っていた烏賊の旨みが強いため、薄めの味付けで正解だった。
鮭もホッケももちろん美味しいが、何よりキャベツがシャキシャキで驚くほど旨い。
ビールを飲んでいたが、思わず早めに白いご飯を頼んでしまった。
これはうまい。バイキングではなく、ちゃんちゃん焼きにして大正解だった。

タラバガニ、お刺身、鮭の真丈
ラム肉と蛸、北海道野菜の鉄板焼き

料理はちゃんちゃん焼きだけではなかった。前菜盛合せ、お刺身(マグロ・ホタテ)、茹でタラバガニ、鮭の真丈。その後もラム肉と蛸と北海道野菜の鉄板焼き、サーモンサラダ、わかめそば。デザートには、梨のコンポートと、北海道らしくジャガイモのアイスが出てきた。ちゃんちゃん焼きはメインではあったが、会席料理といっても刺し違えないほどの充実した品数だった。

ジャガイモアイスは部屋で食べることにして、なんとか完食。
苦しいほどの満腹である。

部屋に戻るなり寝転がると、もう動けない。
そのまま一寝入りしてから、遅めに風呂へ向かった。
ほぼ貸し切り状態の露天風呂はとても気持ちよかったが、洗髪した髪が凍りかけていた。

明日は、フレペの滝スノーシュー、流氷ウォーク、冬の知床スポットガイドツアーと盛りだくさん。
天気も上々、流氷もぎっしり。

本当に楽しみだが――体がもつのだろうか。

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