vol.2 フレペの滝スノーシュー|2008 北海道

フレペの滝展望台から見た知床連山

今日は、この旅のハイライトともいえる一日だ。
予約しているアクティビティーはすべて参加する、いわば“フルコース”。

09:00〜11:30 フレペの滝スノーシュー
13:00〜14:30 流氷ウォーク
15:00〜16:30 冬の知床野生動物観察ツアー

時間だけ見ても分かるとおり、なかなかのハードスケジュールである。
体力がもつのか一抹の不安はあるが、それ以上に期待のほうが大きい。
冬の知床を、これ以上ないほど濃密に味わえる一日になりそうだ。

目次

早起きは三文の徳・・・

早く寝てしまったせいか、朝6時前に目が覚めた。
窓の外は、まだ真っ暗だった。

正直、これは少し意外だった。
というのも、流氷ウォークの最も早い回は朝6時スタート。
こんな暗闇の中で、本当に流氷の上を歩くのだろうか、と不思議に思った。

せっかく目が覚めたので、海の近くで流氷を見ておきたかったのと、
このあと参加するスノーシューの集合場所を下見するため、車で出かけることにした。

車のフロントガラスはうっすらと凍っていた。
部屋から持ってきた水をかけて溶かそうとしたのだが、
水は弾く間もなく、そのまま凍りついてしまった。
結果、氷はさらに分厚くなり、なかなか取れない。
この時点で、「水をかける」という選択肢は完全に封印した。

道は一面真っ白だったが、思ったほど凍結はしていない。
スピードを控えめにすれば、普通に車を走らせることはできた。
それにしても、4WDの安定感はなかなか頼もしい。

ウトロ温泉街を東側へ抜け、プユニ岬を目指す。
プユニ岬は温泉街から車で5分ほどの高台にあり、
多少木々に遮られるものの、ウトロの温泉街を含めた海岸線を一望できる場所だ。

崖上90mからの眺め。

目の前には、海一面の流氷。

海岸沿いには流氷がぎっしりと接岸し、
海全体が白い氷で敷き詰められている。
昨日、能取岬で見た流氷よりも、さらに圧倒的だった。
あらためて、自然のつくり出す風景の不思議さに圧倒される。

広い、広い、広い。

薄暗い時間帯では、流氷は真っ白には見えず、
まるで雪に覆われた陸地のようにも見える。
そんな流氷の上を歩く人影が、点々と見えた。
想像していた以上の人数だ。

冬の早起き辛くないのかな?私は平気だけど…

あとから聞いた話では、バスツアーなどで参加する場合、この時間帯しか選べないことが多いらしく、
朝6時スタートが最も人気なのだという。

ただ、お世辞にも楽しそうな明るさではない。
朝一番の冷え込みは相当だろうし、
「朝は空気が澄んでいて、空もきれいだろう」
という昨日の想像は、ここで一気に消え去った。
この時間を選ばなくて正解だったと、素直に思う。

とはいえ、時間が経つにつれて、少しずつ空は明るくなってきた。
暗さはあるものの、空そのものは確かに美しい。
この景色を眺めながら歩くのも、朝の流氷ウォークならではなのだろう。

それでもやはり、
青い空と白い流氷のコントラストの中を歩きたい、という気持ちは変わらない。

右の岬がプユニ岬

知床半島とは反対側から太陽が昇るため、朝日は見えない。
それでも、流氷の上の空が徐々に色を帯びていく様子は、
普段見る朝とは、どこか違う趣があった。

朝食は7時40分からバイキング。

クオリティは正直そこそこ、といったところだが、
イクラが盛り放題なのは素直にうれしい。
ただ、前日の満腹感がまだ体に残っていて、
おかわりするほどの余裕はなかった。

イクラ丼。これがあれば、それで良い。

昨日は暗くて気づかなかったが、部屋の窓からも流氷が見えている。

フレペの滝スノーシューイング

通常は送迎車で参加者を拾いながらツアーが始まるのだが、
今回はレンタカー利用のため、直接スタート地点へ向かう。

早朝にも通った道を再び走り、
集合場所である知床自然センターを目指す。
前方には、真っ白に冠雪した知床連山が姿を現してきた。

道沿いに一台の車が停まっていたので、
その脇に目をやると、雄のエゾシカが3頭。
ごく普通に道路脇に立っている光景に、まず驚かされる。
さらに、人の気配を感じてもまったく逃げる様子がない。
それが当たり前のようになっていることに、少し考えさせられた。

お尻の模様がハート?

奈良公園の鹿よりもひと回り、いやふた回りは大きく、
印象としては「鹿」というより、どこかカモシカに近い。

知床自然センターには、やや遅刻気味に到着。
それでも、まだツアー本体の姿は見えなかった。
三連休の中日ということもあり、
館内は多くの人でにぎわっている。

フレペの滝スノーシュー

今回のフレペの滝スノーシューイングは、
知床ナチュラリスト協会が主催するツアーに参加した。
送迎バスで到着した参加者と合流し、総勢10名ほどのグループとなる。

中には普段着に近い格好で参加している人もいたが、
この日のコンディションは良好とのことで、特に問題はないようである。

まずはスノーシューを装着する。
靴を載せ、ベルトを2か所締めるだけ。
あまりの手軽さに、正直少し拍子抜けした。
しかし、しっかり固定されており、ツアー終了まで一度も外れることはなかった。

 

歩いてみると、これが驚くほど歩きやすい。
かかとが浮く構造になっているため、
普段とほとんど同じ感覚で足を運べる。
雪の上を歩いているという負担感は、ほとんど感じない。
想像以上に完成度の高い道具だ。

準備を終え、まずは二次林の中を通る遊歩道へ。
このあたりの二次林は、かつて開拓のために一度伐採されたものの、
あまりにも過酷な環境ゆえ定住には至らず、
その後、自然回復を目的として植樹され、育ってきた森だという。

 木々の間からのぞく青い空がとても綺麗。

ところどころでガイドさんが足を止め、
樹木の特徴や動物の足跡について説明してくれる。
「これは何でしょう?」「普段、よく目にするものですよ」
とクイズ形式で問いかけてくれるので、
参加者も自然と会話に加わり、場の空気が和む。
ただ聞くだけでなく、考えながら歩くのが楽しい。

やがて二次林を抜けると、視界が一気にひらけた。
雪のない季節には草原となり、
多くの植物が生い茂る場所らしい。
普段は遊歩道以外を歩くことはできないが、
雪に覆われる冬だけは、こうして自由に歩けるという。
冬が“制限”ではなく、“解放”になる瞬間だ。

そのとき、右手のほうから鹿の群れが一列になって現れた。
歩いているというより、
雪の中の草をついばみながら、
少しずつ、こちらへ近づいてくるといった様子だ。

ここの鹿たちも、すっかり人に慣れてしまっているのだろう。
本当に驚くほどの至近距離まで近づいてきて、
一緒に記念写真が撮れてしまいそうなほどだ。
オスと違って角のないメス鹿は、
どこか優しい表情をしているのも印象的だった。

なんか天気もよいですし、ほんとほのぼのとした時間が流れていきます。

やがて草原地帯を離れ、
もともと存在していた知床の原生林の中へと入っていく。
足元は踏み固められていない場所になるため、
ここからはより“本来のスノーシュー”らしい歩き方になる。

とはいえ、北海道の雪はとても軽い。
数日間、雪が降っていなかったこともあり、
深さもそれほどではなく、歩くのはまったく苦にならない。
雪に足を取られる感覚はほとんどなく、
ふわりと浮かぶような不思議な歩き心地だ。

一番前を歩くと周囲が気になりゆっくり撮れないので、
後ろを歩いているとある程度足元は固められていますけど。

ヒグマの爪あと

山葡萄の木には、はっきりと熊の爪あとが残っていた。
知床に生息するヒグマの好物らしい。
冬は基本的に冬眠しているため、この時期に出会うことはまずないそうだが、昨年は暖冬の影響で2月ごろに出没例があったという。温暖化の影響は、思わぬところにも表れている。

ヒグマは木登りを得意とするため、万が一遭遇しても木に登って逃げるのは意味がない。出会ってしまった場合は、背中を向けず、ゆっくり後退するのが基本だそうだ。背を向けると追いかけてくることがあるという。
念のため、ガイドさんが携行していたのが熊撃退スプレー。その中身は唐辛子成分で、これがもっとも効果的らしい。

もうひとつ、温暖化の影響として挙げられたのが鹿の生態だ。
積雪が少ないため、冬でも草を食べられるようになり、鹿にとっては生きやすくなっているという。以前は深い雪に覆われ、熊笹にたどり着けず、越冬できない鹿も多かったそうだ。

その証拠に、あたりには鹿の糞があちこちに落ちていた。
寝床になっている場所には、かたまって残っており、量もかなり多い。
ガイドさんは、そのうちのひとつを手に取り、匂いを嗅ぎ始めた。

「とてもいい匂いがするんですよ」

冗談だろうと思いつつ、私も恐る恐る匂いを嗅いでみる。
確かに、ほとんど無臭で、かすかに芳香剤のような香りがする。
鹿の主食である熊笹は、森林系芳香剤の主成分にも使われている植物だそうで、その影響が出ているらしい。
食べるものが違うと、こんなところにも表れるのかと感心した。

それにしても、鹿の糞は驚くほど固い。
かなり力を入れても、簡単には割れなかった。

そんなふうに原生林の中を歩いていると、
ふいに視界がひらけ、海を望む場所へと出た。

急に広がる光景に、思わず足が止まる。
胸の奥まで風が吹き抜けるような、圧倒的な開放感。

とはいえ、目の前に広がっているのは、いわゆる“海”の姿ではない。
大半は流氷に覆われ、白一色の世界が続いている。
ところどころにのぞく濃い青の海面が、ここが確かに海であることを、教えてくれている。

あえて原生林の中を通ってから、この景色を見せる。
そんな動線も、どこか計算された演出のように感じられる。
再び林の中へ入り、草原地帯へ出ると、
今度は雪をかぶった知床連山が目の前に現れた。

息をのむ美しさ。

知床連山の稜線には少し雲がかかっていたが、
この景色を見ただけで、この場所が世界自然遺産に選ばれた理由が、
静かに伝わってくる気がした。

絶景でした。

そして、このコースの目的地である、
フレペの滝を望むフレペの滝展望台に到着した。

目の前に広がる光景は、思わず息をのむほどだった。

およそ100メートルの断崖の下には流氷がびっしりと接岸し、その先にはオホーツク海を埋め尽くす白の世界が果てしなく続く。遠くには白銀の山肌をまとった知床連山。頭上には紺碧の青空が広がり、その鮮やかな対比がいっそう景色を際立たせている。

それぞれが際立ちながらも調和し、重なり合って、厳しくも美しい冬の知床を描き出していた。

崖の上にあるのは宇登呂灯台。

そして、青白く凍りついたフレペの滝も、ひときわ強い印象を残す。
海から吹き上げる冷たい風が水を凍らせ、少しずつ形づくっていったもの。

まさに、自然が生み出した壮麗な造形だった。

それぞれがくっきりと存在感を放ちながら、どこかで静かに溶け合い、厳しくも美しい冬の知床を描き出していた。

私がガリガリ君です。

凍りついたフレペの滝の青白さを眺めていると、ガイドさんがぽつりとつぶやいた。
「ガリガリ君みたいですね」

雄大な知床の自然に心を打たれていたところへ、不意に飛び込んできたその例え。あまりの意外さに、思わず笑みがこぼれる。

ところがその後、通りかかった別のガイドさんも、同じ氷を前にしてまったく同じひと言を口にした。どうやらこのあたりでは“定番”の表現らしい。それほどまでに、あの透き通った青白さは、ソーダ味のアイスを連想させるのだろう。

フレペの滝を見下ろす展望台に全員集合。

展望台から振り返ると、先ほど歩いてきた草原と、その奥に連なる知床連山が一望できる。
一段高い展望台から眺めることで、風景はいっそう広がりを増し、雄大な知床の自然を最後まで楽しませてくれた。

十分すぎるほど景色を堪能し、時計を見ると、すでに終了時間の11時30分を過ぎていた。
「予定より、だいぶ遅れてますよね」とガイドさんに声をかけると、
「天気がいいと、ついつい長くなっちゃうんですよね。歩いていても楽しいし、景色も見入ってしまうので」と、笑いながら返ってきた。

去年の悔しい思いが、一気に晴らされた気がした。
流氷はなく、猛烈な低気圧に見舞われ、スノーシューすらできずにホテルで足止め。
そのときの話をガイドさんにすると、
「ああ、なんとなく覚えてますよ。申し訳ありませんでした」と、笑いながら返ってきた。

これまで二度、思うように出会えず、どこか相性の悪さを感じていた流氷。
けれど今年は、まるで埋め合わせをするかのように、これ以上ない好条件で迎えてくれた。

あきらめずに、心折れずに、またここまで来てよかった。
そう、素直に思えた。

振り替えると雪原と流氷が一体化していた。

スノーシューだけで、すでに十分満たされた気分になっていたが、
午後からは、いよいよ念願だった流氷ウォークが待っている。

予定はかなり押してしまった。
解散するなり、レンタカーに飛び乗り、昼食をとるためにウトロへと向かった。

知床でウニの旬は冬だった。

あまり時間がなかったので、目に留まった「旅の駅」という店にそのまま入ることにした。
ツアー出発まであまり余裕がなかったため、料理がすぐに出るかを確認してから注文する。選んだのは雲丹丼。この時期に雲丹が食べられるとは思っていなかったが、オホーツク海や襟裳あたりでは冬が旬らしい。

これは運がいい。
雲丹丼をお願いすると、「すぐできるから、これ食べて行って」と差し出されたのが、まさかのタラバガニの脚が1本。思わず笑ってしまうようなサービスだ。

これが2,500円だと!

ほどなく運ばれてきた雲丹丼を見て、思わず息をのんだ。
箱に入って運ばれてきた丼には、見事なバフン雲丹が隙間なく敷き詰められている。明礬の匂いはまったくなく、身の崩れもない。ひと口食べると、濃厚で甘みのある味わいが広がった。

これで2,500円というのは、正直安すぎる。
礼文島や積丹半島で食べた雲丹よりも、印象ははるかに強い。
表面の雲丹をめくると、さらにその下にももう一段、雲丹が隠れていた。

時間がない中で飛び込んだ店だったが、結果的には大当たりだった。
午後の流氷ウォークに向けて、これ以上ない腹ごしらえになった。

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