2025 北海道|vol.4 ライラックに飛び乗ってみたら…

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早朝5時過ぎ、けたたましい火災警報に叩き起こされた。「まじか…」と寝ぼけ眼を擦りながらも、誤報であってくれという淡い期待を抱きつつ廊下へ出る。通常の館内放送とは明らかに違う、けたたましい音量だ。案の定、廊下には同じように目をしょぼつかせた宿泊客たちが何人か出てきている。金曜日の翌朝、多くの人がまだ夢の中にいる時間だろう。しばらくすると、何度も繰り返される機械的な警報音に続き、今度は人間の声で「調査しています」というアナウンスが流れた。それから10分か15分後、結局「異常なし」とのこと。いやいや、本当に勘弁してほしい。原因は商業施設内の警報ベルが誤作動したらしい。ホテル側に非はないとはいえ、寝不足は否めない。

特急ライラック1号 旭川行き

  • 06:29 札幌【乗車】
  • 06:54 岩見沢
  • 07:05 美唄
  • 07:17 砂川
  • 07:22 滝川【下車】
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そんな騒ぎがあったおかげで、完全に目が覚めてしまった。予定より30分ほど早く出発することにした。札幌駅に着いても、まだ駅の売店は開いていない。暇を持て余してホームへ上がると、そこには特急ライラック1号が停車していた。発車ベルが鳴り響く。今日は乗る予定ではなかったはずなのに、なぜだろう?発車ベルの音が、まるで「今すぐ乗れ」と囁いているように聞こえた。いや、おそらくは、ちょっとした酔狂を起こしたかったのだろう。なにせ、北海道までスープカレーを食べに来たのだから。

当初の計画では、ライラック3号で旭川へ行き、そこから特急宗谷に乗り換えて稚内まで往復するつもりだった。しかし、予定よりも早い列車に乗れたことで、急に元の予定通り稚内まで行くことが面白くないと思えてきた。他にどこか面白い場所はないかと調べていると、富良野方面の天気が良さそうだ。そして、今乗っているライラック1号なら、滝川駅で富良野行きの普通列車に乗り換えられるらしい。「よし、富良野へ行こう」。一人旅だからこそできる、気まぐれなプラン変更だ。

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日曜日の朝の列車内は、拍子抜けするほど空いていた。窓際の席を悠々と確保し、隣の席に荷物を置いてもまだ余裕がある。平日であれば、札幌駅から立ち客が出るほどの混雑だと聞いていたが、今日の車内は別世界のようだ。乗客は思い思いの時間を過ごしており、静けさが心地よい。

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ライラック1号は、石狩平野をひた走る。車窓に広がる景色は、一面の雪景色だ。さすが豪雪地帯として知られる空知地方。やがて列車は美唄駅に到着した。ホームは想像以上の雪に覆われていた。

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車掌から「左手に、美しい山脈が見えますよ」というアナウンスがあった。観光列車ではないため、景色のアナウンスは珍しいと感じながら窓の外を見ると、雪を抱いた山々が連なり、その美しさが際立っていた。後方の座席にいた親子連れが、「こんなアナウンス、初めて聞いたね」と話しているのが聞こえた。やはり、普段は特に案内していないのだろう。車掌さんの、粋な心遣いが感じられるアナウンスだった。

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根室本線・普通 富良野行き

  • 07:33 滝川【乗車】
  • 07:41 東滝川
  • 07:49 赤平
  • 07:55 茂尻
  • 08:01 平岸(根室本線)
  • 08:10 芦別
  • 08:15 上芦別
  • 08:21 野花南
  • 08:42 富良野【下車】
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滝川駅のホームに降り立ち、次に乗る根室本線、富良野行きの列車を探す。もともとは札幌から帯広、釧路方面へと繋がっていた大動脈の一部だった根室本線も、今は石勝線経由がメインルートとなり、富良野から先の新得方面は、まるで飛び地のようなローカル線区間となっている。出発を待っていたのは、懐かしい雰囲気の漂うキハ40形ディーゼルカーだ。ライラックを降りて、少し息を切らしながら跨線橋を渡ってきたおかげで、ボックス席を一つ確保できた。後から大きなスノーボードを持った旅行者の姿がちらほら乗り込んできた。なるほど、札幌から富良野へ日帰りでスキーをするには、この乗り換えルートが最適なようである。

列車がゆっくりと滝川駅を発車し、函館本線から右へと進路を変えていく。次の駅は東滝川駅だった。滝川駅の東隣だからね…と駅名表示眺めていたのだが、2ヶ月後に廃止になるという情報を後から知った。もし事前に知っていれば、あの寂しくなる駅名看板を一枚でも写真に収めておいたのに。

ふと、あの時一人だけ降りていった乗客の姿が脳裏をよぎった。2ヶ月後、彼はどこで列車を降りるのだろうか。彼の日常も、この駅の消滅と共に、少し変わってしまうのかもしれない。

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富良野の山々を源流とする空知川が、車窓の下を悠々と流れていく。鉄橋を渡るゴトンゴトンという規則的な音が心地よい。

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これから列車は、この空知川の流れに寄り添いながら進む。もしこの列車に乗る機会があれば、ぜひ左側の席を選んでほしい。

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かつて、芦別駅は旧三井芦別炭鉱へと延びる三井芦別鉄道の接続駅として、多くの人々や物資が行き交い、大変賑わっていました。根室本線の一部区間が廃止されるなど沿線の状況は変化しましたが、現在も芦別駅は滝川~富良野間では唯一と言える大きな駅であり、列車が到着すると多くの乗客が降りていき、地域の大切な交通手段となっているようです。

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芦別川

芦別川は凍りつき、その流れは完全に止まっているようでした。鉄道が開通する前、芦別川は旧三井芦別炭鉱などで採掘された石炭を下流へ運ぶ重要な水路でした。芦別川は空知川、石狩川と合流し、最終的に日本海へと繋がります。この水の流れは、かつての炭鉱の活況を支える上で重要な役割を担っていました。

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北海道のローカル線では、車窓からエゾシカの姿を見かけるのは日常的な光景です。エゾシカは生きていく上で鉄分を必要としますが、自然界の植物性の食事だけでは十分に摂取できないため、列車との摩擦で生じるレールの鉄粉を舐めて補給することがあります。しかし、鉄分を求めて線路に侵入するエゾシカとの衝突事故が後を絶たず、列車の運行に支障をきたすだけでなく、多くのかけがえのない命が失われています。

この後、清滝トンネル(全長約1,100メートル)に入ります。このトンネルは1991年に開通した比較的新しいトンネルで、その建設は、石狩川水系のダム建設によって旧線が水没することになったためでした。かつての旧線には清滝駅があり、地域住民の足として利用されていましたが、ダム湖の底に沈んでしまいました。新しいトンネルは約1.1キロメートルに及ぶ長さで、水没を避けるためにルートが変更された結果、建設されたものです。

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長い清滝トンネルを抜けると富良野平野が広がり、再び空知川を渡ります。列車はまもなく終着の富良野に到着します。沿線には数人の撮り鉄の姿が見られましたが、乗ってきたキハ40形は、鉄道ファンに人気の車両のようです。この区間ではまだ活躍を続けるようですが、北海道内では順次新型車両への置き換えが進められて姿を消しつつあります。

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富良野駅に到着。帯広方面への根室本線は、2024年4月の区間廃止のため、この先南へ直進できません。また、旭川方面の富良野線は北へ向かうため、駅の南側には線路がなく、北側から進入してそのまま北へ出ていく構造となっています。

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富良野駅の跨線橋から見渡す景色は、架線がないため空がとても広く感じられます。前述の通り、、現在、線路は奥方向の北側にしかありません。駅の北側には貨物駅があり、収穫シーズンになると、現在でも鉄道貨物を利用して野菜が出荷されるそうです。

富良野駅周辺を散策

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富良野駅に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような寒さに驚きました。気温はマイナス4℃。札幌の朝とは比べ物にならないほどの冷え込みです。しかし、その冷たい空気はどこまでも清々しく、思わず深呼吸をしてしまいます。
富良野駅では1時間ほどの乗り換え時間があります。「富良野だから、駅周辺には喫茶店くらいあって、朝食でも食べられるだろう」と軽く考えていたのですが、見事に何もありませんでした。

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駅で次の列車をただ待っているのも時間がもったいないので、少し富良野駅の周辺を散策してみることにしました。気温が低いおかげで足元の雪は硬く締まっており、歩いても靴が濡れる心配はなさそうです。

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3年前、美味しいカレーを求めて訪れた「唯我独尊」というレストランが、こんなにも駅の目の前にあったとは、全く気づきませんでした。いつも車で移動し、ナビが示す最短ルートばかりを辿っていると、どうしても周りの景色や位置関係が頭に入らないものですね。まだ朝早いので、残念ながらお店は営業していません。

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歴史を感じさせる洋館の医院を見つけました。調べてみると、この建物は1923年(大正12年)に建てられた、大正期の洋風建築の特徴を色濃く残すもので、あの有名なドラマ「北の国から」にも登場し、現在も医院として使われているとのことです。

「北の国から」を一度も見たことがないのですが、そのことを友人に話すと必ず「ええーっ!」と驚かれます。そこで視聴率を調べてみると、特に最終回スペシャル「’87初恋」は平均視聴率36.6%、最高視聴率49.0%という驚異的な数字を記録しており、国民的な人気を博したドラマだったようです。これほどの視聴率なら、友人の驚きも当然かもしれませんね。

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富良野十字街は、かつて富良野の中心として栄えた場所で、現在もその面影を残す大きな建物がいくつかあります。通りには、チェーンの飲食店なども見られました。

北海道には「十字街」という地名が比較的多く存在しますが、これは開拓時代に都市計画や道路網が整備される際、主要な道路が十字に交差する地点が街の中心として位置づけられたことに由来することが多いようです。

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富良野駅の近くで、まるで時間が止まったかのような古めかしい商店街を見つけました。近年開発されたスキーリゾートのイメージが強かっただけに、そのギャップは印象的でした。もしかすると、この商店街は、かつて富良野が鉄道の交通の要衝として栄えた頃の名残なのかもしれません。歴史を感じさせる看板や、少し褪せた建物の色合いが、その歴史を静かに物語っているようでした。

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朝食難民と化していましたが、幸いにも9時オープンのスーパーがあり、おにぎりをゲットできました。出発前に車内でいただくことに。遅めの朝食、筋子のおにぎりは格別です。ピリッとした山わさびの風味がまた良い。

富良野駅に戻ってきてから気づいたのですが、駅構内には美味しそうな駅そば屋さんがありました。立ち上る湯気が、冷えた体に染み渡りそうでした。そこでは、外国人スキー客が熱心に日本そばをすすっている姿も見られ、異文化が交わる光景が印象的でした。

富良野線 普通・旭川行き

  • 10:01 富良野(乗車)
  • -通過- 学田
  • -通過- 鹿討
  • 10:09 中富良野
  • 10:13 西中
  • 10:18 上富良野
  • 10:28 美馬牛
  • 10:37 美瑛
  • 10:42 北美瑛
  • 10:46 千代ケ岡
  • 10:51 西聖和
  • 10:55 西神楽
  • 10:58 西瑞穂
  • 11:01 西御料
  • 11:04 緑が丘(北海道)
  • 11:07 神楽岡
  • 11:11 旭川(下車)
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富良野線で旭川まで行く富良野線の列車は、現在すべてH100形電気式気動車(通称:DECMO)に切り替わっています。この車両は、ディーゼルエンジンで発電した電力と蓄電池の電力で走行するハイブリッド車です。

 そういえば、富良野駅の券売機前には、外国語を話せるスタッフが常駐して対応していました。旭川の旭山動物園に行きたいという外国人が多かったのが印象的でした。海外まで来て動物園とは、少し意外な気がしましたが……しかも、展示されている動物のほとんどが、もともと日本に生息していたわけではないんですよね。まあ、本人が楽しければそれが一番なのかもしれません。価値観は人それぞれですから。考えてみれば、こんな風に鉄道の車窓から景色ばかり眺めている私を、「一体何が楽しいんだろう?」と思う人の方がきっと多いでしょうね(笑)。

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富良野へやってきたのは、富良野線の車窓から、白銀に輝く十勝連峰と大雪山系の雄姿を眺めるためでした。しかし、残念ながら晴れ予報ながらも、山々にかかる雲がやや厚いようです。それでも、冠雪した十勝連峰の山肌が、ほんの少しだけ顔を出してくれています。

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現在、西中駅に停車していますが、驚いたことにホームの長さが1両分しかありません。そのため、私の乗っている2両目は、線路にかかったまま、踏切の上に停車しています。最初トラブルでも起こったのかと、一瞬不安になりました。

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線路脇にそびえ立つ雪の壁は、間違いなくラッセル車が雪かきをしてくれた証でしょう。列車が北上するにつれ、重い雲が切れ、ようやく青空が顔を出しましたが、肝心の山々は厚い雲に覆われたままで、その姿を拝むのは難しそうです。

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上富良野駅→美馬牛駅

列車が進むにつれて、車窓には美瑛らしいなだらかな丘陵の風景が広がってきました。木々に雪が積もっていないので、しばらく雪は降っていないのでしょう。

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美馬牛駅

美馬牛駅で交換した対向列車は、1両編成ながらも、まるで通勤ラッシュのような混雑ぶりでした。それに比べて、私たちが乗っている列車は2両編成で、比較的ゆったりとしているので、改めて良かったと感じました。

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美馬牛駅

辺鄙な場所にある美馬牛駅ですが、意外にも多くの観光客がいました。先日、美瑛の白樺並木がオーバーツーリズムの影響で伐採されたというニュースを見たばかりでした。また、クリスマスツリーと呼ばれる一本の木を見るための大混雑ぶりも記事で読んだばかりです。富良野へ向かう前からこれらの情報を知っていた私は、美瑛での観光は最初から選択肢にありませんでした。なんだか、人混みを避けるために行ってみたかった場所に足を向けられなくなるのは、本当に悲しいことです。これも、広い意味でのオーバーツーリズムなのでしょう。

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美馬牛駅→美瑛駅

美馬牛と美瑛駅の間にある「赤い屋根のある丘」。夏に運行されるノロッコ号では、その美しい景色をゆっくりと堪能できるよう速度を落としてくれます。夏の緑が多い時期には特に意識しませんでしたが、冬の景色を眺めようとすると、意外にも手前の木々が邪魔に感じられました。

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美馬牛駅→美瑛駅

夏の緑が多い時期には特に意識しませんでしたが、冬の景色を眺めようとすると、意外にも手前の木々が邪魔に感じられました。

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美馬牛駅→美瑛駅

十勝岳の雪解け水が流れ込む美瑛川を渡ると、次の停車駅は美瑛です。この川の上流には、国内外から多くの観光客が訪れる青い池があるため、美瑛駅ではかなりの数の観光客が乗車してくるでしょう。

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富良野線の車内の様子(美瑛駅→北美瑛駅)

美瑛駅の扉が開くと、大勢のインバウンド観光客が乗り込んできました。もしこれが1両編成だったら、もっとひどい混雑になっていたと思うとぞっとします。観光客だけでなく、旭川方面へ買い物に行くような地元の人たちの姿も見られます。

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中宇莫別川(美瑛駅→北美瑛駅)

宇莫別(うばくべつ)川を渡りしす。列車が北へ進むにつれて、線路脇の雪は徐々に少なくなり、枯れた草地が顔を出し始めています。

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美瑛を過ぎると平らな場所が増えてきました。富良野周辺と旭川周辺が平坦であるのに対し、その間の美瑛地区が峠のような丘陵地帯となっているのは、おそらく大雪山系や十勝連峰の火砕流堆積物がその原因だと考えられます。

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神楽駅→旭川駅

高架橋を走行し、石北本線と合流すると、列車は間もなく終点の旭川駅に到着します。美瑛駅を発車した後も、沿線から地元の乗客が次々と乗り込んできたため、車内はかなりの混雑となりました。

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旭川駅の構内は、木を基調とした内装で、非常に洗練されています。この温かみのあるデザインは、海外からの観光客にもきっと良い印象を与えるでしょう。

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旭川駅の内部は温かみのある木調でしたが、外観は打って変わって、ガラスを多用したシャープなデザインで、新幹線の駅のような近代的な印象を受けます。駅の南に広がる忠別川沿いの公園では、雪遊びを楽しむ多くの外国人観光客で賑わっていました。雪の上で転んだり、写真を撮り合ったりと、その熱狂ぶりは、雪が降る地域にとって計り知れない可能性を示唆しているようです。今後、雪を活かした観光戦略は、大きな鍵となるかもしれません。

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