7日目 首都ヤンゴン|ミャンマー2006

シュエダゴォンパゴダ
2006ミャンマー

ホテルでの朝食は思ったより豪華だった。
テーブルに座るとトーストが2枚。
さらにフレンチトーストがでてきて、オムレツにハム。
オレンジジュースとミルク。
最後にパパイヤとパイナップルが出てきた。
これだけ食べればかなりお腹が膨れる。
結果的にミャンマーでの3つの宿泊施設はどこも朝食つきで、
特にバガンの4ドルのピンサルパゲストハウスは
かなりお値打ちといえるだろう。

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朝食をとるとすぐにシュエダゴォンパゴダへ向かった。
ホテルのある通りは雑居ビルが立ち並ぶざわざわしたとおりだが、
大通りに出るとあらためてヤンゴンが都会であることを再認識する。
道路を行き交うのは主に車や路線バスが多く、
自転車の数は極端に少なく、当然馬車などは走っていない。
中心部のホテルやオフィスビルは高層化されている。
路線バスのほとんどが日本の中古バスで、
しかも会社名がそのまま張られているせいか、
まるで一瞬日本にいるかのようにも感じる。

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地図で見る限りではそれほど遠くもなさそうなので、歩いていく。
信号を渡り、鉄道橋を越えて、歩道をしばらくすすむ。

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政府や領事館関係の施設が多いせいで、
道路沿いのほとんどが緑で覆われているから、あまり景色も楽しくない。
そしてまだ9時前だというのに日が登るにつれ、どんどん暑さが増してくる。
思った以上にシュエダゴォンパゴダまでの距離感を感じた。

シュエダゴォンパゴダ

2,500年前にインドで釈迦からもらった髪が納められたのが始まりといわれる
シュエンダゴォンパゴダはミャンマー最大であり、
ミャンマー内でも最も信仰を集め、訪れる人は昼夜を問わず耐えないという。

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シュエンダゴォンパゴダにはいくつかの入口があるが、
東側にある参道からのびる道にさしかかると、
やはり高さ100mにもなるという仏塔が圧倒的な存在感でせまってきた。
バガンでもいくつもの仏塔や寺院を見てきたが、これほどのものはない。
バゴダ自体が高台にたてられているので、
実際の100m以上の高さがあるように感じてしまう。
まるで日本の門前町のように周辺には御土産物屋がいくつもならぶが、
バガンとは違いどちらかといえばミャンマー人向けのものが多いのは、
数多くのミャンマー人が訪れる証拠だろう。

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いよいよ屋根のある参道で靴を脱ぐことになるのだが、
小さな子供が手に持ったビニール袋を売りつけようとしてきた。
ビニールは新品のものではなく、どこかのゴミ箱で拾ってきたようなもので、
かなりくたびれている。
そんなものをいったいいくらで売っているのだろうか。

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とにかく僕はサンダルを参道内で預けて手ぶらで仏塔にむかう。
しかし、この参道の建物の大きさでさえかなり大きい。
今までにこれだけのものがあっただろうか。
否応に先への期待感がわいてくる。
境内への入口で入場料と案内ガイドを斡旋していたが、
入場料のみ5ドルを払い先へすすみ、
参道が終わり、屋根がなくなると、
仏塔が晴天の空に突き出すように聳(そび)え立っていた。

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灼熱の太陽に照らされた金色の仏塔はさんさんと輝いている。
中央の仏塔の周辺にはいくつもの小さな仏塔、仏像が祀られ、
そのどれもがありきたりな表現だが、「立派」なのである。

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仏塔をとりまくようにタイルが敷き詰められ、
さらにその周辺にもいくつものきらびやかな寺院が点在する。
それはまるで天空に作られた箱庭のようなもので、
タイのチェンマイにわるワット・ドイステープのような雰囲気であったが、
やはり圧倒的に規模がこちらのほうが多い。
観光のみの目的であれば、ここを最後に訪れてよかったと思った。
この後に、バガンの遺跡のバゴダや寺院を見ても感動しなかっただろう。

中央の仏塔の周辺には曜日の神様が祀られていて、
自分の誕生日から計算できるというので、
ガイドブックで調べていると、20歳ぐらいの修行僧が話かけてきた。
「良かったら調べてあげましょう。」
その時点で金曜日ということは分かっていたのだが、
もう一度確認してもらうとやはりあっていた。
「お祈りする方法はわかりますか?よければ案内してあげましょうか?」
一瞬バガンでのシュエズィーゴンパゴダの件を思い出したが、
彼はきちんと袈裟を着た修行僧だったので、
親切心で修行の一環として案内してくれるものだと思ったし、
なによりお祈りする方法を教えてもらうのがありがたかったので快く引き受けた。

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まず金曜日の祠の前に足を運んだ。
祠の前には数段に分かれた器に水がためられている。
その水をコップで汲み、年齢の十の位の数にだけ仏像にかけるという。
なるほど・・・これはガイドブックにも書いてないことだし、
教えてもらってよかった。

それからも広い境内のいたるところを案内してくれた。
菩提樹の葉っぱが落ちているのを広い、
これをもっていると幸運になると渡してくれた。
数珠をもって祈る方法も教えてくれて、
持っていた数珠をプレゼントするということで手にもはめてくれた。
何より良かったのがどこの仏像にいっても、
ここはこうお祈りするのだと、見本を見せて示してくれたことだ。
分からなければ日本のように手を合わせるしかなかった。

見た目の華やかさだけではなく、
ここに飾られているものがすべて高価なものでもあることが、記されている。
仏塔の最頂部に5,000以上のエメラルドが埋め込まれ、
それらはすべて信仰する人々の寄進によっているという。

最低の修行僧

1時間ぐらいして、また同じ場所に戻ってきた。
これからは一人で写真で撮りたいのでここで分かれることにした。
もちろん彼は親切だったのかもしれないが、
逆に托鉢などの一部と考えれば、いくらかお布施するのが当然だろう。
そして感謝の意を伝え、3ドルほど渡した。
するとこのお金は受け取れないという。
律儀な奴だと思ったが、
それでも気持ちは気持ちだから渡そうとすると
最後に案内したい場所があるからと、
少し横にそれた仏像の前につくと、彼はこう話だした。

「自分には妹がいて、少し思い病にかかっている。
ヤンゴンではあまりよい病院がないので、
タイのチェンマイに入院している。
チェンマイは知っていますか?」

話の行く先は見えてきたした。
とりあえずチェンマイは知っていると答えると彼はさらに続けた。

「もう2年ほど会っていないので、会いに行きたい。
でも、航空券は高い。なので60ドル欲しい」

あまりにも露骨な話で驚いた。
まさに自分のおかれている状況こそ、「唖然」という言葉がふさわしい。
正直返す言葉がなかった。
彼の話す内容が嘘か本当かは定かではないが、
仮にそれが本当だとしても60ドルも払う必要もないし、義理もない。

要は3ドルでは少なかったのだろうか。
無性に腹が立たってきた。

「とりあえず案内はしてもらったから、そのお礼として3ドルは払う。これは気持ちだ。
しかし、それ以上には払う必要はない。」

と、その場を離れようとすると、彼は皮肉にもこう答えた。

「おまえは仏教徒ではないな」

何かが頭の中で切れたようだった。
手にはめていたもらった数珠を思いっきり、床にたたきつけた。
硬いタイルにはじかれ、玉がひとつひとつ飛び散っていった。

「おまえもな(仏教徒ではないな」

こう最後に彼に伝え、その場を立ち去った。

しばらく日陰の床に座り込み、ただ行き交う人を眺めていたが、
その中にあるく修行僧がすべて詐欺師のように見え出してきた。
そもそも彼はいったい本当に修行僧なのだろうか。
たんに袈裟を着て修行僧に化けた詐欺師だったのではないか。

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とにかくもう気持ちを落ち着かせて、
バゴダのまわりを1周してみたが、もうここに居ることが嫌になってきた。
同時に日が高くなってきたことで、すっかり床が熱されてしまって、
普通に歩くことがままならなくなってきた。
そういえば、歩いている人もだいぶ少なくなってきたように感じた。

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よくない一件はあったもののシュエダゴォンパゴダは素晴らしいの一言で、
訪れる人も多く、あらためてミャンマー人の信仰心の高さを感じた場所だった。

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ライトアップされたバゴダをもう一度見たい。
夕方になれば涼しくなるだろうし、夕暮れに映えるバゴダも綺麗だろう。
参道をくだっていった。

ボージョーアウンサンマーケット

一度ゲストハウスに戻り、ミャンマー最大のマーケットである、
ボージョーアウンサンマーケットに足を運んだ。
思っていたより味気のないマーケットだった。
何より活気があまり感じられない。

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マーケットといっても建物の中に収容されているので、
アジア的な要素は比較的低い。
マンダレーでのマーケットが建物の中に収容されつつあり、
活気のある風景がなくなるだろうなと感じていたのだが、
ここがまさにその風景だったのかもしれない。
いやはやまたもや暑い日中だから活気がないのだろうか。

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マーケットでは衣料品を売る店が比較的多く、
食料品を扱う店はほとんど見ることができなかった。
どちらかといえば生鮮食料品を売っていないと活気がないのは当然。
今売ってしまわないと売り物は早く傷むから、
店側としてもどうしても買って欲しいというエネルギーが感じられない。
もちろん買う立場になったとしても、
別に今買わなくても、大げさに言えば生きていける。
そうなれば衣料品を売る店も、
店員はただ座っているだけで、あまり声をかけてこないは納得だが。

ただ店を持たない者が、ぶらりと現れて、
英語で土産を買わないかとか、いっしょに交渉してあげようとか、
しきりに声は掛けられることが多かったが、
いったん断るとそれほどしつこくはなくすぐに去っていってしまう。

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ミャンマーに日中滞在するのは今日が最後であり、
土産物を購入したかったのだが、思っていたより土産物屋も少なく、種類もあまりない。
やはりバガンで感じたとき同様に、あまりよい物がない。
ミャンマーはまだまだ観光大国ではないようだ。

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お腹がすいてきたので、
市場の建物と建物の間にある屋台で食べることにした。
なんなく横で食べていた人の麺が美味しそうだったので、
同じものを食べたのだが、これが正解。

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茹でた麺に乾燥海老と辛いタレをまぜて、
上にパクチーをどっさりかける。
ピリッとした辛味と乾燥海老の味の濃さがマッチしている。

美味しそうな表情で食べていたのだろう。
屋台の女性も嬉しそうに見ていたし、
横に座っていた綺麗なかっこをした女性も声をかけてきた。
「おいしい?」
そこから少し話が長くしばらく話をしていたが、
彼女は観光客向けにお香やエステ用品など売る店の店長らしい。
もし良かったら後から来てみてと名刺を渡され、
ただ店の場所はダウンタウンではなく、
ここから離れた高級ホテルが立ち並ぶ場所に構えているらしい。
もしかするとダウンタウンではなく、
高級ホテル周辺に土産を売る店が増えてきているのかもしれない。

そう思いながらもお腹が一杯になると、
退屈なマーケットには興味がなくなったので、
ヤンゴンの町を散歩することにした。

ヤンゴン街歩き

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ヤンゴンの中心部はエーヤワディー川沿いから北に碁盤の目に広がる。
主にゼージョーマーケットあたりから、
南側の川沿いにかけてが町の中心街となっている。

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マーケットから出てしばらく南下していく。
このあたりはインド人が多くめにつくあたりで、
商店も多く見られ、それなりに賑わっている。
思っていた以上に人通りも多いし、
路肩ではインド料理のサモサなどを売る屋台なども目につくようになる。
とりわけ商店といえば機械関係をうる店が多く、
インド人はそういうものに長けているのだろうか。

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特にヤンゴンが都会だなと感じたのは、
暑い日中になっても人の数が減らないことだった。
マンダレーやバガンでは暑い昼間はあまり人が目につかなかったが、
ヤンゴンでは特に昼間になっても人の数はさほど減らない。
もちろん通勤時間帯に比べれば人は少ないが、
それでも他の都市の昼間の人の少なさに比べれば格段に多い。

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スーレーパゴダからのびてくる東西に伸びる、マハバンドラ通りに面したときには、
道路を横断するのが難しくなるほど交通量が多かった。
ヤンゴンでの主力の交通手段は路線バスが主で、
ほとんどのバスは乗車率は高い。

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前日から目についたように、走っている路線バスはほとんどが日本の中古バスであり、
こうやって第二の人生が送れる日本のバスの気持ちを考えれば幸せだろう。

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やがてエーヤワディー川沿いまで出てきたが、
しかし川沿いには工場などがあり、川の景色を見ることができない。
それならばと対岸へわたる船の乗船場まで来たのだが、
横に川沿いに歩道があるがわかった。
しかし高いバリケードのようなもので、隠されていて、
入口には「外国人立ち入り禁止」と書かれていた。

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最初は船にのって対岸に渡ってみようとも思っていたが、
「外国人立ち入り禁止」の看板をみて、
急に船に乗る気がしなくなってきた。
いや急に乗る気がなくなってきたのではなく、
マーケットを出たときから、だんだんとテンションが下がっていたのである。

その理由はこうだろう。
ヤンゴンは確かに都会だ。
特に都会だと感じたのはミャンマー人の自分に対する目線。
マンダレーではじろじろ見られたし、
バガンでもそれなりに外国人である自分に感心を示していた。
しかしヤンゴンでは、外国人がいること自体が当たり前のように、
何の関心も示すことはほとんどない。

彼らの目線や行動、態度を見ていると、
ヤンゴンが首都ということで訪れる外国人が多いのが無関心な理由ではなく
むしろ彼らが都会特有の対人関係に対する無関心さの表れではないかと感じる。
人の多いところでは、いちいち他人のことなど気にしてはいられないと。
これも発展することによって失われるもののひとつだろうか。

人通りの少ない街路樹の下のベンチで休憩していたが、
ひとつ横の街路樹の下ではカップルが、
堂々とキスをしたり抱き合っていたり。
当の本人達はもちろん周りを気にはしていないし、
その横を通る人たちもほとんど気にはしていなかった。
気にはなっていたが、無関心のふりをしていただけなのかもしれないが、
まるで無関心さを象徴している光景だった。

もうヤンゴンの街歩きはもうこれで充分だった。

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川沿いのあたりもそうだったが、街の建物の雰囲気がかわってきた。
イギリスの統治下だったころの名残だろう。
税関にはじまり、最高裁判所、教会、市庁などのコロニアル調の建物は、
ミャンマーの中では独特で異国情緒を漂わせる。
異国にきていて、異国を感じるという感覚はわりと不思議なものだった。

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日が傾くにつれ、昼間より一段と日差しが差し込んできて、
暑く感じられるようになってきた。
昼間より暑くはないはずだが、体にあたる面積が多くなりそれで暑いのだろう。

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しかしヤンゴンでは人々が異様に暑さに対して嫌っているように見える。
日傘をさす人は多く、動かない人はすぐに日陰に入る。
僧侶でさえ、日傘を差している。

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その頃街のあちこちでは屋台を準備する様子が目につくようになる。
やがて職場から帰宅する人たちが多くなり、街が活気付いてきたようだ。

ミャンマーでは人々の生活や活気あるところを見たければ、
夕方から夜にかけて歩くほうが良かったのかもしれない。
そうなると日中に裸足で歩かなければいけないバゴダや寺院を訪れるのは厳しい。
これはミャンマー観光では悩める問題だ。

活気づく街中の雰囲気も楽しみたかったが、
夕暮れのシェダンダゴォンパゴダを見るため、一度ホテルに戻った。

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トラックバスの出発待ちで日陰に隠れる乗客とスーレーパゴダ。

夕暮れのシュエンダゴォンパゴダ

シュエダゴォンパゴダへはタクシーで向かったが、
夕方ということもあり思ったよりタクシーがつかまらず、
もしかするとこのまま夕暮れ時が過ぎてしまわないか心配した。
仏塔まで最も近い入り口までタクシーで運んでもらい、
急ぎ気味で参道を駆け上がり仏塔の前までやってきた。

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夕暮れの空にそびえたつ仏塔の景色は美しかった。

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夕暮れの景色は、心を落ち着かせてくれた。
この安堵感はいったいどこからくるのだろう。
日中があまりにも暑いので、その暑さから解放された安堵感が大きいのかもしれない。

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やがて空が漆黒の色につつまれるころ、
この時間を待っていたかのように大勢の人が訪れ、
その数は時間を経過するほどにどんどん増してくる。
その様子はまるで彼らがここを訪れることが日課のように、
気軽にやってきたは、祈りをささげ、帰路についていく。

あらためてミャンマー人の信仰の厚さを肌で感じることができた。
日中のいやな僧侶の1件を打ち消すには十分な風景が目の前に広がっている。

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シュエンダゴォンパゴダは高台にあるせいか、
日中の暑さを忘れさせてくれるほど、涼しい風がふく。
仏塔の先端にある装飾品はその風を浴び、
まるで日本の風鈴のように美しい鐘の音をあたりに響かせる。

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まるで幻想的な空間にいるようだった。

ミャンマーを訪れてから数々の寺院、バゴダ、仏像を目の前にしてきたが、
ただ観光の対象としてでしか向かい合ってこなかった。
はじめて目の前の仏塔に向かって、周辺のミャンマー人と同じように手を合わせ、
このようにしてすばらしい旅ができたことの幸せを神に向かって感謝した。