北陸応援|新潟6日目|戊辰戦争の悲劇の地、会津若松

鶴ヶ城
中部地方

ダイニング エディット エチゴ

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2階にあるダイニング エディット エチゴで朝ごはんをいただきます。
6時半スタートなのが嬉しい。
5分ほど前に来ましたが、すでに入店できるようでした。

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一番乗り。
品数豊富で朝からテンションマックスです。

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えっ、マジですか?
炙りのどぐろの刺身が食べ放題。
鯛の刺身が食べ放題というのは知っていたのですが…

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野菜スティックは発酵調味料を付けて。
醸造が盛んな新潟らしい食べ方ですね。

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瀬波温泉のはぎのやで飲み放題だったヤスダヨーグルト。
フルーツ、デザート類も豊富。

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新潟のお土産の定番、ミニ笹だんごもありました。

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朝食バイキング(大人) 1,700円

中央のプレートには、栃尾のあぶらげ、たれカツ、笹団子。
左下のオレンジのカップには八海山の甘酒。
右下には炙りのどぐろ。
右上に津南高原のにんじんジュース。
ご飯はもちろん羽釜で炊き上げたコシヒカリ。
新潟名物を中心に、彩り豊かな朝食プレートが完成。

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1

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小ぶりだけど、炙りのどぐろは脂乗っているし、
鯛の皮裏の脂身が美味しいことを分かっていて、ちゃんと炙ってある。
朝から海鮮食べれて幸せすぎた。
炙ろのどぐろは開店15分ほどで追加されなくなってました。
朝一番に来てほんと良かった。
そんなことは知らなかったので、6皿も取ってすいません…

ほかにカレーや焼きたてパンなど食べきれないぐらい種類がありました。
どれもクオリティーが高いし、種類も多い。
これ朝食バイキング1,700円ってほんと安い。
このレストランは昼間にも営業しているので、かなり期待できそうです。

過去に宿泊したホテル聚楽も美味しかったし、
ほかにも朝食に力を入れているホテルが新潟には多いようですね。

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朝食レストランの目の前には新潟駅と新潟駅万代口バスターミナル。
バスターミナルが稼働している時に宿泊すれば良かったな…

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信越本線|普通|馬下行き
新潟08:27→新津08:48

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以前は、新潟から喜多方までいく直通列車があったのですが、現在はすべて新津駅が始発。
列車は本数が少ないので、直前にいくと窓側が確保できそうもないので、
早めに新津駅に向かいます。この判断は正解でした。

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新津市は合併前は6万人を超える町でしたが、
2005年に新潟市に編入合併し、現在は新潟市秋葉区となっています。

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江戸時代から会津街道、羽越街道が分岐する交通の要衝として町が発展。
明治中期に入ると街道に鉄道がとおるようになります。
1897年(明治30)に現在の羽越本線、沼垂-東三条間が開業したのを皮切りに、
1912年には大正元年には新潟市周辺の現在の鉄道網がほぼ完成。
1914年には磐越西線経由で上野まで全通しました。
そのころには新津油田の採掘で新津はおおいに発展していたそうです。

駅の南西には、総合車両製作所新津事業所という車両工場があり、
主に首都圏で走る通勤用車両を中心に、年間240両ほどの車両を製造しています。
まさに名実とも鉄道の街ということですね。

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鉄道の重要拠点ということから、駅弁屋さんも駅前に2軒あります。
その中に、先日食べた「鮭の焼漬け弁当」を作る三新軒さんもありました。
もう1軒の神尾弁当軒はヒラメの縁側弁当がヒットしているとニュースで放送していました。

新津にはかつて日本一の石油を算出した「新津油田」がありました。
最盛期の明治時代には多くの製油所が建てられ、
輸送のため信濃川までパイプラインも敷設されていたほどです。
1996年には採掘が終了しましたが、以降「石油の里」として、
石油の採掘施設の遺構や、石油の世界館などを見学できるようになっています。

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新潟と首都圏の移動は、上越新幹線に移り変わり、
新潟と羽越方面の移動は、白新線を通るようになったので、
新津駅に隣接する広大な車両基地は閑散としています。

磐越西線|普通|会津若松行き
新津09:33→会津若松11:59

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2両編成の折り返しで到着。
ホームには列車待ちの人が一定数います。
会津若松まで行く列車は、始発の6時が出て以来、3時間半ぶりです。
なので混むと思って早めに来たわけです。
新潟駅から接続する列車が到着する頃には、窓側の席はなくなってました。

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最初は進行方向左側に阿賀野川が見えます。
このあたりでは阿賀野川ライン遊覧船も運行されています。
もっと良い撮影ポイントもあったのですが、
友人から電話がかかってきて見逃してしまいました。

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内陸部に入ってきたので、桜はちらほら咲いている感じ。
遠くに冠雪した雪山が見えてくるとテンションあがります。

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三川駅の手前で阿賀野川を超えると、
この後はしばらく進行方向右側に阿賀野川と並走します。
阿賀野川を眺めたい場合は、進行方向右側のほうがおすすめです。

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小花池の集落。
赤い屋根は洞照寺というお寺のようです。

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小花池集落の前は、東北電力揚川ダムによって、ダム湖になっています。

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新潟県立津川漕艇場。

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津川駅のホームにある「オコジロウの家」と名付けられた待合室。
お尻側しか撮れなかった。
この磐越西線を走るSLばんえつ物語のキャラクター。

また津川には「狐の嫁入り行列」という祭事があります。
阿賀野川と常浪川の合流地点にある麒麟山に、狐が住み着き、
毎晩のように鳴き声が聞こえ、狐火が見られたという伝説が残っています。
狐火が多く見られた年は、豊作になるとされていたそうです。
江戸時代には嫁入りは暗い時間に提灯を掲げていたのですが、
この様子が狐火のように見えたことから「狐の嫁入り」と呼ばれたそうです。
江戸時代の嫁入りを再現したのが「狐の嫁入り行列」で毎年10月に行われています。

狐の嫁入りを調べていると、「麒麟山」というワードが登場しました。
新潟には確か「麒麟山」という日本酒があったはず…
確かに、津川に「麒麟山酒造」という酒蔵がありました。
旅先では思わぬ方向に見聞が広がることがありますね。

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深いダム湖もあれば、中州がある浅瀬の場所もあったり。

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日出谷駅手前の橋梁。
山あい深く大きく蛇行する阿賀野川沿いによく100年以上前に線路を通したもんですね。
先人たちの功績を考えると、赤字だからと安易に廃線にしてはいけないなと思います。

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左側の車窓です。
豊実ダム下流付近は、川幅も狭くは珍しく流れが速い流域。
この先の豊実駅が新潟県側最後の駅になります。

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再び漕艇場がありますが、福島県の県営荻野漕艇場です。
すでに福島県喜多方市に入っていて、川の名前は「阿賀川」に変わっています。

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山都駅を過ぎると、阿賀川の支流一ノ戸川を渡ります。
遠くには冠雪した飯豊山系が見えてきました。

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山間部を超えて、福島県西部に広がる会津盆地に出てきました。
久しぶりの平野区間です。

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濁川を超えると、もうすぐ喜多方駅に到着。
蔵の街らしく、大きな蔵が見えてきました。

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喜多方駅で降りるのはやめました。
喜多方ラーメンより、会津若松の馬刺しに惹かれたからです…。
自由気ままな一人旅の利点を最大限活かします。

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車両後部からは、会津盆地の北方に飯豊山系がずっと見えています。
喜多方~会津若松間は電化されましたが、電車の運行がないため、
維持費削減のために架線は近日中に撤去されるそうです。
次回来るときは架線に邪魔されず、綺麗に飯豊山系が見えそう。

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喜多方~会津若松区間は、日中は利用者が少ないため、普通でも快速運転。
5駅中4駅を通過して、あっという間に会津若松です。
右から郡山方面からの磐越西線が併走し始めました。

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11:59 会津若松駅に到着。
同じ磐越西線なのに、途中でスイッチバックする珍しい路線です。

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5年ぶりの会津若松。
前回は時間の都合でパスした白虎隊ゆかりの地を巡ります。

鶴我 会津本店

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その前に目的の馬刺しを頂きます。
5年前にも鶴我で馬刺しを食べましたが、
お店が2022年に会津若松駅近くに移転していました。
今回はその恩恵ですぐに馬刺しを食べることができます。

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改めて値上がりが凄いなあ。
前回は桜刺し三種食べ比べTKT定食を、1,800円で食べたはずなんですが…

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  • 並TKT桜刺し定食 1,650円

ということで一番安いメニューにしましたが、
付け合わせが種類豊富で、これはなかなかお得ですね。
白ご飯もお替りできるようです。

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ヘルシーで高タンパクな馬刺し。
刺しがはいった馬刺しも美味しいけど、純粋な赤身も肉本来の味が楽しめて良いですね。
会津地方では馬刺しをからし醤油で食べるのが一般的。

会津地方に馬肉食文化が広がったのは、戊辰戦争の頃。
負傷者に食べさせたのがきっかけとのことで、
これからいく白虎隊はまさに戊辰戦争の一環の会津戦争が舞台です。

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桜すじ煮、桜時雨煮、桜そぼろ。
これだけで軽くごはん1杯いけました。
会津若松は日本酒も有名なので、軽く一杯いきたいとこだけど、
白いご飯の魔力には勝てませんでした。

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茶碗蒸し、がんぱら汁、桜小鉢(桜すじ煮、桜時雨煮、桜そぼろ)、
季節小鉢、御新香、お味噌汁、ごはん(お替り可能)。
馬刺し以外にもこれだけつくので確かにお得ですし、お腹いっぱいになりました。

お腹いっぱいになったので、白虎隊ゆかりの飯盛山まで歩いていきます。
2kmぐらいなので20分ぐらいで着くでしょう。

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これは語呂もよくて、うまいネーミングですね。

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会津若松市は福島県第4の都市で、人口は12万弱となかなか大きな町です。

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少し登り気味だったので、飯盛山山麓まで25分かかりました。
この2つの階段のためだけに、動く坂道というのがあるそうです。
実際はただの動く歩道に傾斜があるだけのものです。
この距離に250円もかかるのには驚きです。

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白虎隊酒井峰治と愛犬クマの銅像

仲間とはぐれた白虎隊の酒井峰治は、愛犬のクマと再会したときの様子。
この後鶴ヶ城の籠城戦に参加しますが、戊辰戦争後も生き残りました。

戊辰戦争で白虎隊という若い兵士が自決したということしか前知識はありません。

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2つの階段を登ってくると、会津若松の町並みが見下ろせるようになります。
飯盛山は桜の名所でもありますが、新潟市では咲きはじめた桜も、
内陸部で気温の低い会津若松ではまだ蕾状態でした。

白虎隊士自刃の地

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白虎隊について長々と書くのは大変なので、ChatGPTに聞いたものを転載。

白虎隊 quoted from ChatGPT

白虎隊(びゃっこたい)は、幕末の戊辰戦争(1868年)において、会津藩の若者たちで構成された部隊の一つです。特に、白虎隊士中二番隊は、戦闘に参加した隊員が多く、歴史的に最も知られています。

白虎隊は、15歳から17歳の若者で構成され、会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)を守るために組織されました。彼らは、戦闘訓練を受け、会津戦争において重要な役割を果たしました。

1868年の9月22日、会津若松城が包囲されていた時、白虎隊士中二番隊は城から離れて戦い、飯盛山(いいもりやま)に逃れました。そこから若松城が炎上しているのを見て、自分たちの藩が滅びたと誤解し、多くの隊員が自刃(じじん)するという悲劇が起こりました。この事件は「白虎隊自刃」として知られています。20名の隊員のうち、19名が自刃し、唯一、飯沼貞吉(いいぬま さだきち)が生き残りました。

白虎隊の物語は、忠誠心と勇気の象徴として、日本の歴史に深く刻まれています。飯盛山には、白虎隊士の墓や記念碑があり、多くの人々が訪れます。また、白虎隊の物語は、映画やドラマ、文学作品にも取り上げられ、日本全国でその名が知られています。

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新政府軍に追われ、白虎隊がたどり着いたのが鶴ヶ城が見える飯盛山の中腹。
城下町が燃えていた様子を見て、鶴ヶ城が落城したと誤解し、
行き恥をさらすよりも、潔く自ら死ぬことを選び、
ここで白虎隊は20名のうち19名が自決しました。

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黒煙につつまれた鶴ヶ城を見て落胆した白虎隊の気持ちを思うと居た堪れなくなります。

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中央の木の固まっている場所の右側に鶴ヶ城がありますが、
周囲の木が高くなっていることもあって、結構わかりずらいです。
会津戦争当時はどうだったんでしょうか。
この遠さなら、鶴ヶ城が燃えていると勘違いしても…

白虎隊十九士の墓

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19名の石碑は整然と並んでおり、それぞれの隊士の名前が刻まれています。
慰霊祭が春と秋の年2回行われ、白虎隊を偲び剣舞が奉納されます。

さざえ堂

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お土産屋の中を通り過ぎて展望台にいくと、さざえ堂を上から見れます。
なんと奇抜な建物なんだろう。

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1796年に建築された高さ16.5mの六角のお堂。
内部は参拝者がすれ違わないようにと、二重の螺旋階段が設置されている珍しい構造。
お寺の住職が考案したそうですが、200年以上前によくぞこんなもの作ったなぁと思いました。

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近づいてみると建物の古さに驚かされます。
この独特な構造なのに、台風や暴風雨、地震から耐えてきたことにも驚きです。
内部に入るには400円必要です。

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飯盛山太夫桜
寛永3年(1626年)いつき太夫と云う名妓が、花見のおり、この辺で兇徒に殺害された。弟の法師が墓側に植えられた桜。最初の樹はすでに枯れ、現在の樹は二代目と伝えられています。

まちなか周遊バス|あかべぇ
飯盛山下13:50→三の丸口14:07

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  • 運賃定額 210円

帰りの列車から逆算すると少し時間が厳しいので、
鶴ヶ城までまちなか周遊バス「赤べこ」に乗車します。
30分間隔で運行し、会津若松市内の名所を結んでいます。
観光以外にも便利なようで地元の利用者で座席はほとんど埋まっていました。

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小型のバスですが、新しい車両なので乗り心地が良かったです。
赤べえのラッピングがかわいいですね。

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鶴ヶ城三の丸口で下車しました。
掘り沿いに咲いていたのは、ピンクがかったタカトオコヒガンザクラ。
日本三大桜名所の高遠で咲いている品種ですが、早咲きの品種とは知りませんでした。
ソメイヨシノはまだ蕾状態です。

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タカトオコヒガンザクラは色補正なしでも、リアルにピンク色です。
青空にとても映えます。

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大河ドラマ「八重の桜」は、会津若松が舞台だったのか…。
最近まで歴史関係にまったく興味がなかったんですよね。

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戊辰戦争で新政府軍の攻撃から1か月以上耐えただけあって、強固な石垣です。

鶴ヶ城(若松城)

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豊臣秀吉の命によって、蒲生氏郷が移封し本格的な城として改修。
歴代城主には、伊達政宗、上杉景勝、松平容保など錚々たる顔ぶれ並びます。
幕末では戊辰戦争の激戦地となりました。

鶴ヶ城は明治政府によって廃城となり取り壊されました。
現在の天守閣は1965年(昭和40)に鉄筋コンクリートで再現し、
2011年に幕末当時の赤瓦へ葺き替え工事が行われたものです。
赤い瓦は低温や積雪に強く奥州で使われいましたが、現在赤瓦が使われている城はここだけです。

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場内に1本だけ、タカトオコヒガンザクラが満開になっていました。
1本満足です…

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天守から続く、南走長屋と表門(鉄門)は2000年に木造復元されたもの。

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少し咲き始めていた場所から無理やり天守閣を絡めたけど、あんまり綺麗じゃなかった。
天守に使われている

赤瓦は、赤というより紫に近い色をしていますね。

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赤べこのバリケードかわいい。

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約1,000本のソメイヨシノが植えられ、桜の名所100選にも選ばれている会津屈指の桜の名所。
昨年(2023)は4月4日には満開だったというのに、今年は4月8日でまだ蕾多し。
ただ例年の満開日は4月14日なので、これが普段通りのようです。

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タカトオコヒガンザクラだけが満開を迎えていました。

長野県高遠にあるはずのタカトオコヒガンザクラがあるのかというと、
会津藩初代藩主の保科正之が、子供のころ高遠藩の養子だったことから縁があり、
昭和50年に高遠町(現在伊那市)から鶴ヶ城に寄贈されたのが始まりだそうです。

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鶴ヶ城の北側に伸びる北出丸大通り。
江戸時代には家老屋敷が立ち並ぶ通りでした。

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北出丸大通りにある酒蔵「宮泉銘醸」。
昭和30年創業。宮泉、寫樂といった会津を代表する銘酒を造っています。
システムエンジニアだった4代目蔵元が酒造りの行程・設備を見直した結果、
世界一おいしい市販酒を決めるコンクールの日本酒2部門で寫樂が1位を獲得したそうです。
寫樂は特約店の酒屋のみの販売で、ここにでは手に入りません。

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旧市街地という呼び方が合いそうな会津若松市の中心部。
昭和レトロな町並みが今も残ります。

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会津若松の目抜き通りと言っても良い新明通り商店街。
最盛期には2つの百貨店、スーパーマーケット、映画館などもあり賑わったそうですが、
現在はすべて撤退し、古い建物も放置されたままで、問題となっているそうです。
中心部を南北に走り、国道118・121号線を兼ねているので交通量は多い。

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ラーメン・焼肉・桜刺し…

末廣酒造 嘉永蔵

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創業は江戸時代末期の嘉永3年(1850)。大正時代に「山廃造り」の試験醸造を始め、現在に至っている。

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嘉永蔵は明治から大正時代に建てられた建造物で国の登録有形文化財。
現在の末廣酒造のメインの酒蔵は郊外にありますが、ここでも少量を手作りで酒造りしています。
毎時0分スタートの酒蔵見学が可能で、スタッフにお願いすれば無料の試飲もできます。
到着した時ちょうど外国のお客さんが楽しそうに試飲を楽しんでいたので、
前回試飲させて頂いたこともあり今回は遠慮させて頂きました。

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大好きな漫画「大使閣下の料理人」で登場した媺発泡の日本酒ぷちぷちを販売しています。
ワイン通のフランス人に飲ませたところ、シャンパンと間違えたというお話でした。
ぷちぷち…名前もとても印象的だったんですよね。
ちょうど暑くて汗をかいていたので、帰りの列車の中で飲もうと企んで、1本購入しました。
この瓶なら見た目に日本酒と思われないだろうしね。

宮泉銘醸、末廣酒造のほかに、会津若松市には9の酒蔵があります。
また喜多方市にも10の酒蔵があり、会津地方の酒蔵を合わせると27にもなる日本酒王国です。
今度は会津若松で泊まって、ゆっくりと日本酒を飲みたいです。

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磐越西線|普通|新津行き
会津若松16:39→新津19:16

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羽越線で活躍中のハイブリッド車が3両編成で入線。
学生さんの帰宅時間帯だったので、少し長めの編成で新津駅へ出発。

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空は徐々に雲が覆い始めた。
天気予報では曇りだったので、青空が見えていたことに感謝。

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末廣酒造ぷちぷちを頂きます。
誰も日本酒とは思ってないですよね。
甘さ控えめですっきり。
低アルコール微炭酸ということでジュースのように飲んでしまい、
300mlはあっという間になくなってしまいました。

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今回も喜多方ラーメンは食べなかったなぁ。坂内食堂の看板が目に入ると、急に食べたくなったが、ここで降りると、新潟に到着するのが23時近くなるので…。若い頃だったら降りてたのかな?

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福島県側の野沢駅までで大半の乗客は降りてしまい、
1車両には数人程度の乗客と静かになった車内。
暗くなりつつある中、阿賀野川を眺めながら、ゆっくりと過ごさせて頂きました。

信越本線|普通|新潟行き
新津19:19→新潟19:40

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新津駅で乗り換え。

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新潟駅到着。

アパホテル&リゾート新潟

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新潟駅前の通りをすすんできて、正面にそびえ立つアパホテル&リゾート新潟。
さすが19階建て1,001室あるホテルはラスボス感ありますね。

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これはまさにアパ御殿です。360という数字は、アパホテルが開業していったホテルにつけられた通算番号。101の金沢片町から始まっているので、260軒目という意味ですね。毎日違うアパホテルに宿泊しても、9ヶ月近くかかるのか。直近だと秋葉原に379軒目がオープンしているようです。

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自動チェックイン機がずらり並びますが、こんなに人が待つことがあるの?

今回連泊するのですが、2泊目のみ朝食がいらなかったので、予約を1泊ずつ分けたのですが、たったそれだけのことで、明日の朝にカードキーを更新したり、再度夕方以降に支払いが必要だったりと、かなり面倒なことになりました。しかもスタッフの説明も二転三転するなでだいぶイライラしました。そんなにイレギュラーなことですかね?

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部屋は1515号室。相変わらずのアパらしい目がチカチカする内装。新築ホテルなだけあって、綺麗ですし、シングルにしてはベッドも広めです。

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ベッド奥のカーテンを開けると、眺めは最高です。チェックインの際にイライラしたけど、ちゃんと眺めの良い部屋にしてくれてたので、良しとしますかね。宿泊する一週間ほど前に眺望のリクエストをいれてました。運が悪いと裏手の部屋になることもあるそうです。

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ベッドに寝転びながら、外の景色眺められるのはポイント高いですね。あと窓が少し開けられるので、換気できるのもナイスです。

日中だいぶ汗をかいたので、お風呂に入ってさっぱりしてからご飯を食べたいので、先に夕食を買い出しにいきました。

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ラブラ万代までも歩いて5分ほどです。
地上階の商業施設は閉店してますが、地下のイオンは23時まで営業しています。

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半額祭り開催中!遅い時間に来た特権です。

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お風呂入ってから食べる予定でしたが、イートインコーナーに電子レンジがあったので温めてから、急いでホテルに戻ってきました。

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男ならみんな大好きカツカレーの完成。部屋のなかにカレーの匂いがこもりそうだけど、窓を開けられるので問題なしです。

お腹も膨れたところで、2階の大浴場へ向かいます。

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フィットネスセンター。宿泊者は無料で利用できますが、誰も使っていません。

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プール。使えないように閉鎖されていました。夏季限定なのかな?それにしてもプールに描かれた味ぽんはなぜ?

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大浴場は広いし、露天風呂や寝湯もあり、洗い場もたくさんあったので、ゆっくりと入浴できました。さすが自らリゾートホテルと、銘打っているだけのことはありました。

営業時間が朝6:00~9:00/14:00~24:00と少し短めなのが残念でした。

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ホテル一階にはLAWSONが24時間営業していて、ロビーから直接行くことができるので便利です。

すでに外は雨が降っていますが、明日も一日中雨予報なので、ホテルでのんびり過ごします。でもまだお土産買ってなかったから、新潟駅には行く予定です。