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始発の04:05出発のチチェン・イッツァ行き。
ADOの下位ブランドOrienteの運行です。
片道4時間の長距離移動。

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バスが途中からのろのろ走り出して、緊急停止。
後続を走ってきた別会社のバスの乗り換え。
バスチケットはそのままで乗っていいとのことでしたが…

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このバスはチチェン・イッツァ前を通らないので、歩いてほしいと…
故障の遅れもあったし、08:00オープンに間に合うように始発で来たけど、
無理でした。
カンクンからの道は左側で、遺跡は右側に1キロのところにエントランス。
入場料220ペソ(約1,760円)を払います…結構高い。

チチェン・イッツァはマヤ文明の代表的な遺跡。
マヤ古典期に属する6世紀の旧チチェンエリアと、
中央高原の文化を取り入れた新チチェンエリアに分かれている。

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エントランスから100mほど歩いて、まずは新チチェンエリアに出てくる。
球戯場に隣接して建てられいてるジャガーの神殿。

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チチェン・イッツァといえば、エスカスティージョ。
マヤの最高神「ククルカン」を祀っている。
91段の階段が上部の神殿へ続き、高さ24mしかないけど、
広場の中心にあり周囲に建物がないので24m以上の高さを感じる。

しかし、晴れを狙ってきたのに雲が多くてどんより…

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以前は観光客でも階段を上ることができたけど、現在は禁止。
ククルカンとは羽をもった蛇で、階段の先端に蛇の頭があるが、
春分と秋分の日にこの階段に四隅の影がククルカンの身体が映し出され、
マヤ文明は天文学的にも優れていたことを証明している。

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戦士の神殿。
神殿の最上部に寝そべったような像が見えるのがチャックモール像。
チャックモールは特定の神の名前ではなく、
仰向けの状態で顔と上半身だけ横に向いて腹部にお皿を抱えている人物像のこと。
このお皿に人間の心臓を捧げられていたらしい。

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戦士の神殿脇にある「千本柱の間」。
戦士の彫刻があったようだが見ることはできなかった。

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横から見た「戦士の神殿」。
中央高原のトルテカ文明の遺跡にも似たような神殿があり、
戦士の神殿はマヤ文明が他の文明と交流していた証といわれている。

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天気予報通りに晴れてきました!
この頃がこの旅行で一番日焼けしていたと思います。

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清掃員が階段を上っていますが、階段が想像以上に急なようです。
各階段が91段、神殿内の1段を足すと365段で、マヤ歴の1年になる。
現在採用されている太陽暦の365日とほぼ同じ。

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セノーテへ向かう道の両脇に土産物屋。
オープンしてすぐだったので、まだ準備中の店が多かった。

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メキシコにも「見ざる、聞かざる、言わざる」があるとは驚き。

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チチェン・イッツァの語源は「泉のほとり」。
ユカタン半島最大のセノーテ(聖なる泉)を中心として栄えたことが、
チチェン・イッツァの語源になっているとのこと。

この泉に生贄や貢物を捧げられていたようで、
過去に調査したときには人骨も見つかったとのこと。
他のセノーテと違い水は緑色に濁っていて、不気味な雰囲気だ。

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新チチェンエリアを離れ、旧チチェンエリアへ。
古代マヤ人の天文台「カラコル」。
上部の丸いドームは天文観測台だったとされ、現在の天文台の形にも似ている。


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観測台の窓は、天文学的に重要な方角を向いているようで、
ここでもマヤ文明は天文学に優れていたことを伺い知ることができる。

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人の多い新チチェンエリアに比べて人が少ない旧チチェンエリアでは、
イグアナを見かける機会は多かった。
ほとんど動かないので写真を撮るには向いている動物。

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旧チチェンエリアには、プクウ様式と呼ばれる建物が多く、
2階部分には神や生き物のレリーフが刻まれている。
右側が尼僧院の一部で、左側は教会と呼ばれているが、
実際にそうだったかは定かではないらしい。

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トゥルム遺跡ほどではないにしろ、炎天下の遺跡巡りはなかなかつらい。
涼しい時間帯に見学するためにも、早朝に出発したのは正解だった。

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再び新チチェンエリアに戻り、全長150mある中央アメリカ最大の球戯場。
娯楽ではなく宗教儀式として球戯が行われ、
勝利したチームのキャプテンは、生贄として捧げられたらしい。
これは当時光栄なことだったようだけど…感慨深い。

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人が集まっている上あたりに壁から飛び出ている輪がありますが、
ここにゴムのボールを入れることを競っていたそうで、
手は使わず腰や足を使っていたとのこと。

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ツォンパントリ「頭蓋骨の城」。
球戯場ととなりにある台座で壁面にはどくろが描かれている。
実際に生贄の残骸をさらす場所として使われていたとのこと。

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11時を過ぎには途切れることがないほど続々と観光客がやってくる。
カンクンを朝食後に出発すると良い時間なので納得。

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3キロほど歩くと綺麗なセノーテがあるということで徒歩で向かう。
日光を遮るものがないので、かなり暑い。

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Cenote Ik Kil(セノーテ・イク・キル)
穴の中では人の声が反響して賑やか。
セノーテは泳ぐ人でごった返していて、神聖な雰囲気はすでになかった。
実際に見るだけなら、入場料は70ペソ(560円)は高い!

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地表に空いた円形状の穴の奥に泉があって、
ツタが垂れ下がり緑に覆われ、セノーテという雰囲気は感じられる。
アメリカで広角レンズが壊れたことが痛いと思った唯一の場面。

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水は透き通るほど綺麗ではないので、実際に溺れたら怖いなと感じた。
ライフジャケットの貸し出しもある。
泳ぐ予定はなかったので、30分ほど眺めただけ。

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セノーテ前は幹線道路なので、30分ほど待って路線バスに乗車できた。
3キロ歩いた分だけ、行きより安く 128ペソ(約1,024円)。
バスが通りすぎないように道路沿いに建つ必要があって、
真昼間の直射日光にさらされかなり体力消耗。

途中のバヤドリッドまではぎりぎり座れるほどの混雑だったが、
バヤドリッドで大半が下車、その先のカンクンまでは閑散としていた。

エアコンの効いた車内でゆっくりできたので、
このままカンクンには宿泊せずに、次の目的地にいこうかと思った。
ちょうど次の目的地のベリーズまでのバスは夜出発である。

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ベリーズシティまでのバスチケット。
616ペソ(4,928円)となかなかの高額である。

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最後に再び公園のフードコートへ。
昨日は見てなかったのでエンパナーダを作っている過程を見学。
調理中は油で揚げているのでかなり重たそうな気がするが…

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昨日も食べたけど、別の店でエンパナーダ 15ペソ(約120円)。
たっぷりの刻み玉ねぎソースと食べるので、しつこくなくて美味しい。
ここのフードコートを離れるのはほんと寂しい。
結局、滞在中飲みまくった1日以外、毎夕食きてた。

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宿近くのスーパーマーケット。
よく通ってたので、なんとなく写真に残しておいた。

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22:25 ADO ベリーズシティ行き。
思っていたよりもバスは混雑していた。
ベリーズシティまでのバスはこのバス1便のみなので、空席があってよかった。
というより、1便しかないなら前もって状況は確認しておくべきだったな。

キューバ滞在の前後併せて9日間滞在したカンクンを後にした。