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2025 九州の旅|4日目 新・青春18きっぷ2日目 九州横断、阿蘇カルデラを越えて大分へ

今日は、普通列車で九州横断。長崎市から大分市を目指します。また大分県へ行くのかと突っ込まれそうですが、いくつかあるルートの中から阿蘇を通る豊肥本線ルートを選択。世界でもカルデラ内を走る鉄道はここだけらしい。

熊本まで半日

始発の佐世保行きが05:45発。そのわずか3分後、05:48発の諫早行きに乗車します。なぜこんな短時間で続行運転なのかというと、諫早までのルートが異なるため。こちらは海沿いを通る旧線経由で、遠回りになるぶん時間がかかり、先行列車には接続しません。

車内はガラガラでしたが、カップラーメンを食べている年配客がいて、車内に匂いが充満。朝の爽やかな空気が一気に台無しです。たまらず車両を移動し、そのまま諫早駅へ。

06:35発の江北行きに乗車。2時間半にわたる長距離乗車区間ですが、始発の諫早駅を出た時点で車内はかなり空いていました。

諫早から江北までを結ぶ長崎本線は、かつて長崎市と博多方面を結ぶ主要ルート。特急列車が頻繁に走り、電化もされていた区間です。しかし現在はその役目を終え、架線も撤去。県境を越えて佐賀県まで直通する列車は、片道わずか8本のみとなっています。

その理由は、西九州新幹線の開業。ここで疑問が浮かびます。並行在来線って、普通はJRから切り離されるんじゃなかったっけ。

調べてみると、沿線自治体は新幹線ルートから外れているため、ほとんど恩恵がないとして反対。同意が得られなければ新幹線工事を進められない仕組みになっているらしく、JR九州や長崎県としては早期開業を優先したい。そこで長崎県などが出資する第3セクターが線路設備を保有・管理し、JR九州が列車を運行する「上下分離方式」に落ち着いたようです。

車窓右手には有明海、その奥には雲仙普賢岳。眺望の良い区間が続きます。昨年までは窓が開くキハ47形が走っていたそうで、あと1年早く来たかったと思わされるほど、有明海の景色は印象的でした。干潟が広がる有明海は全国でも独特の風景。

昨日触れたYC1系ですが、ロングシートで背もたれが高く、座ったままだと車窓が見えづらいんですよね。景色を楽しみたい路線だけに、そこは少し惜しいところ。

諫早駅を出て県境へ向かうにつれ乗客は減少。県境を越える頃には、なんと車内に自分ひとりだけになっていました。この路線、大丈夫なのかと少し不安になります。

ところが県境を越えると一転。通勤通学客が次々に乗り込み、立ち客が出るほどの混雑になりました。

テレ東の番組で、路線バスを乗り継いで目的地へ向かう企画がありますが、県境を越える路線がなく徒歩移動になっていた場面を思い出しました。実際、県境をまたいで移動する利用者って本当に少ないんだなあと実感。

終点の江北駅で鳥栖行きに乗り換え。通勤時間帯ではありましたが、通学ラッシュのピークは過ぎていたようで、車内はそこまで混雑せず余裕で着席できました。

昨日と重複する区間ですが、江北〜鳥栖間は平坦な佐賀平野を一直線に貫く区間。線路もほぼ直線で、非常に走りやすそうな路線です。この沿線に住む人たちが、西九州新幹線開業に複雑な感情を抱くのも理解できます。

鳥栖駅で再び乗り換え。ここから熊本行きへ。

鳥栖駅は、高速道路でいう鳥栖ジャンクションのような存在で、九州の鉄道網における重要拠点。ただ、時間があったので改札を出てみたところ、意外なほどコンパクトな駅舎で少し驚きました。

鳥栖から熊本までは、かつて九州を南北に結んだ大動脈・鹿児島本線を走行。鳥栖駅を出ると筑後川を渡り、県境を越えて福岡県へ入ります。南下しているのに福岡県に入るというのが不思議な感覚でしたが、大牟田市まで福岡県なんですよね。福岡県、思っていた以上に広い。逆に少しくらい佐賀県へ分けてあげてもいいのでは……などと、どうでもいいことを考えていました。

まだ筑後平野の真っ只中を走っているため、周囲の景色はかなり単調。初乗車区間なので車窓はずっと眺めていましたが、変化の少ない景色に珍しく退屈さを感じていました。

熊本駅に到着。玉名駅を過ぎたあたりからは山間部へ入り、カーブも増加。そういえば、このあたりは西南戦争の激戦地・田原坂があった場所でしたね。

熊本ラーメン

駅ナカの肥後よかモン市場にある ラーメン天外天 へ急ぎます。11:00開店。たっぷりの焦がしにんにくとガーリックパウダーが特徴の熊本ラーメンです。

熊本ラーメンといえば、濃厚な豚骨と鶏ガラスープに、中太ストレート麺。やっぱり大好きな味。トロトロのチャーシューも絶品で、夢中になって完食してしまいました。美味しかった。

鳥栖から続いていた退屈気味の空気も、にんにく全開の熊本ラーメンで一気に吹き飛びました。食べ終わる頃には、すでに店の前に行列ができていたほどの人気ぶり。

豊肥本線:熊本→肥後大津

熊本駅から今日のゴール・大分駅までは豊肥本線を進みます。車窓風景や路線の性格がここまで大きく変化する路線も珍しいのではないでしょうか。初乗車ということもあり、かなり楽しみにしていました。

まず熊本〜肥後大津間は、完全に都市近郊路線。利用者も非常に多く、沿線には大学が点在しています。さらに近年は TSMC の半導体工場進出もあり、需要は右肩上がり。

しかしホーム有効長が短く、単線区間も多いため輸送力増強が難しく、慢性的な混雑が問題になっているようです。

早めにホームへ向かい、折り返しとなる肥後大津行きを待機。到着した2両編成の列車からは大量の乗客が降りてきました。

乗車後も途中の水前寺駅から大量乗車。車内は肩同士がぶつかるほどの大混雑です。噂は本当でした。

肥後大津まで混雑は続きましたが、この路線、通勤時間帯は相当大変そうですね。さらに熊本空港アクセス線構想までありますが、複線化やホーム延伸をしないと厳しいのでは……と感じました。

肥後大津から先は非電化区間。列車はいよいよ阿蘇カルデラへ向けて登り始めます。

豊肥本線:肥後大津→宮地

反対側ホームで発車を待っていたのは、JR九州らしい真っ赤な車体のキハ220系。ディーゼルエンジンの重低音を響かせながら停車していました。車内は転換クロスシート中心で、発車間際には立ち客が出るほどの混雑。もっとも、全席が埋まっているわけではなく、相席を避ける学生が多いあたり、地方らしさを感じます。

唸るディーゼル音に対して、加速性能はそこまで鋭くありません。エアコン全開で動かしているぶん、出力を持っていかれているのでしょうか。

肥後大津までの都市風景から一転、のどかな田園風景が広がります。やがて両側から山が迫ってきましたが、これは阿蘇カルデラの外輪山。列車はカルデラ西側の切れ目を抜け、ゆっくりとカルデラ内部へ標高を上げていきます。

立野駅を過ぎると、有名な三段スイッチバック区間へ。急勾配を一気に登れないため、前進と後退を繰り返しながらジグザグに進んでいきます。

立野駅では運転士さんが車内を歩いて後部運転席へ移動し、列車は後退。その後再び停車し、また車内を歩いて前方運転席へ移動、再び前進するという流れ。2両編成でも毎回移動するのは大変そうです。

スイッチバックを終え、しばらく進んだところで異変発生。列車の速度が徐々に低下し、そのまま停止してしまいました。

「オーバーヒート防止のため、しばらく停車します」

まさか令和の時代に「オーバーヒート」という単語を聞くとは。

乗車していたキハ220系は2006年デビューの比較的新しい車両。それでもオーバーヒート気味になるということは、この急勾配の厳しさと外気温の高さを物語っているのでしょう。

5分ほど停車後、再び走行開始。車窓右手には新しい阿蘇大橋、そして熊本地震で崩落した旧阿蘇大橋の跡地も見ることができました。

熊本地震翌年にもこの周辺を訪れましたが、道路の崩落や地盤の隆起など、生々しい被害が各地に残っていたことを思い出します。現在はほぼ復興が完了し、震災の痕跡も少なくなりましたが、橋の崩落現場をあえて残していることで、地震を思い返すきっかけにもなっていました。震災遺構を残す意味はやはり大きいのだと実感。

2度目のオーバーヒート防止停車を経て、赤水駅には10分遅れで到着。本来は阿蘇駅ですれ違う予定だった九州横断特急を、赤水駅で交換することになり、さらに8分停車後に出発しました。

周囲には平らな田んぼが広がり、左手には阿蘇外輪山、右手には阿蘇五岳。まさに「カルデラ内を走る鉄道」といった景色です。

阿蘇駅で大半の乗客が下車。阿蘇山観光の玄関口だけあり、阿蘇山方面への路線バスもここから発着しています。終点の宮地駅まで行きますが、その先はしばらく列車がないため、あとで戻ってくる予定。

車内は一気にガラガラになりました。ここで窓を開放。このあたりの標高は約500mで、高原と呼んでも差し支えない風景です。さっきまで熱風だった風も、ここでは心地よい温風程度。直接浴びる風が実に気持ちよく、短い時間ながら列車旅の醍醐味を味わえました。

宮地駅から阿蘇神社へ

12分遅れで終点・宮地駅に到着。観光拠点は阿蘇駅ですが、阿蘇市最大の市街地「一の宮地区」への最寄りは宮地駅です。世界最大級のカルデラ内に約6万人が暮らしているというのも驚き。

駅前から真っすぐ延びる道を約1km進むと、一の宮地区の中心部。その先にあるのが 阿蘇神社 です。

本来50分ほどあった滞在時間は、列車遅延の影響で40分弱に短縮。片道1kmなら自分の中では10分計算です。今日唯一の観光地。行くしかない。

駅を出て一直線に急ぎます。急いでいる時の1kmって、やたら長く感じるんですよね。しかも風が強い日の折りたたみ傘は歩きづらい。結局、往路は12分かかって到着しました。

2016年の熊本地震で崩落した楼門や社殿も、すっかり元通りになっていました。翌年訪れた際は、本当に痛々しい姿だっただけに感慨深い。

楼門は日本三大楼門のひとつ。江戸時代末期の建築で、できる限り当時の部材を再利用して復旧したそうです。復興工事の詳細を紹介しているページがありましたので、リンクを貼っておきます。

清水建設 阿蘇神社復旧工事

時間がないので参拝のみで撤収。それでも境内は東アジア系インバウンド客でかなり賑わっていました。

帰り道、正面には阿蘇五岳がどーんと鎮座。景色を楽しみながら宮地駅へ戻ります。

そういえば、この道は別府から続く「やまなみハイウェイ」の終点区間。大半は過去に走ったことがありましたが、最後のこの区間だけ未走破だったので、今回歩けたのはちょっと嬉しかった。

2009年、大雨の中であか牛を食べた宮地駅前のレストランも、16年経った今も健在でした。金欠だった友人に食事代を貸した記憶があるんですが、その後疎遠になり、結局返ってこないままなんですよね。

阿蘇駅へ戻ってみる

宮地駅からは、先ほど乗ってきた同じ列車で阿蘇駅へ戻ります。ガラガラの車内で再び窓全開。短い時間ながら、阿蘇の風景を存分に楽しめました。

阿蘇駅へ到着すると、反対側ホームには あそぼーい! が熊本方面から到着したところでした。

ホームはインバウンド客で大混雑。熊本からほぼ満席で来たのでしょう。車両写真を撮る人も多く、犬のキャラクター「くろちゃん」の犬小屋を撮影している人もかなり目立ちました。

改札を出ると、正面には阿蘇五岳。その麓から阿蘇山頂方面への路線バスが発着していますが、バス停には長蛇の列。もちろん大半はインバウンド客です。阿蘇人気、本当にすごい。

隣接する道の駅も大盛況。こちらも外国人観光客が中心で、売店では高級なあか牛弁当が次々と売れていました。

道の駅で時間を潰したあと、再び宮地駅へ。ここでも再度「あそぼーい!」と遭遇したのですが、「熊本まで満席です」というアナウンスが流れており、改札ではスマホ画面を見せる外国人観光客に対し、駅員さんが「フル、フル」と説明している場面を何度も見かけました。

豊肥本線:宮地駅→豊後竹田駅

宮地駅から西、豊後竹田までの区間は、普通列車が1日5往復、特急も2本のみという超閑散区間。JR九州でもトップクラスに利用者が少ない区間です。途中で熊本県と大分県の県境を越えます。

朝に長崎県と佐賀県の県境区間を移動した時も、本数が少なく利用者が少ない状況でしたが、これも同じような構図なのでしょうね。

宮地駅のホームで待っていたのは、かわいらしい黄色の1両編成。前の列車が出発してからすでに3時間以上が経過していますが、発車時点の乗客はわずか4人。空いているのは快適ですが、さすがに少なすぎて先行きが少し不安になります。

大分県側へ抜けるには、阿蘇カルデラを囲む外輪山を越えなければなりません。列車はまず右へ、そして左へと大きくカーブを描きながら斜面へ取り付き、そのまま一気に登坂開始。

小さな1両編成ですが、意外なほど力強く登っていきます。立野〜赤水間でオーバーヒート寸前だった件もあり若干不安でしたが、それは完全に杞憂でした。

車窓の大半は森の中。それでも時折、左手に阿蘇カルデラ内の風景が広がり、確実に外輪山を越えつつあることを実感できます。

次の駅で年配女性が下車。これで車内はさらに静かになりました。

標高約750m、九州の鉄道駅で最高地点に位置する 波野駅 周辺では、一気に視界が開放。涼やかな高原の空気に包まれ、のどかな農村風景が広がっていました。

やがてトンネルが増え、深い谷を鉄橋で渡る場面も多くなります。その後、豊後荻駅で2人が乗車した以外はほとんど動きなし。静かな山あいを淡々と進んでいきます。

地名や鳥、花の名前が付けられることの多い特急列車ですが、この路線を走る特急の名前は「九州横断特急」。

実際、この豊肥本線は名実ともに九州を横断する鉄道路線なんですよね。路線名以上に、列車名がストレートです。

そして豊後竹田駅で最後の乗り換え。

豊後竹田駅 といえば、発車メロディーとして流れる「荒城の月」が有名です。

作曲した 滝廉太郎 が、竹田市の 岡城跡 をイメージして作曲したとされ、1951年頃から使用開始。日本最古のご当地発車メロディーとも言われています。

竹田の街並み

豊後竹田駅では1時間ほど乗り継ぎ時間があったので、少し町歩きへ。

「九州の小京都」とも呼ばれる竹田の町。観光名所として有名な 岡城跡 までは駅からかなり距離があるため、今回は断念しました。

その代わり、駅周辺をのんびり散策。古い建物や落ち着いた通りが残っていて、風情のある町並みが続きます。

町の規模感もちょうど良いんですよね。観光地化されすぎていない感じが心地よく、かなり好みの雰囲気でした。

時間帯も夕方に近づき、強烈だった日差しもだいぶ落ち着いてきました。周囲を山に囲まれた盆地地形ということもあり、平地より涼しくなるのが早いのかもしれません。

豊肥本線:豊後竹田→大分

本日最後に乗車する列車、大分行きへ。

ふと豊後竹田駅の運賃表を見ると、大分駅まで1510円。所要時間は1時間少々ですが、意外と高い。往復すると3000円超えなので、気軽に大分市まで出かけるのもなかなか大変そうです。

ただ、乗車した列車は少し残念でした。窓ガラスの劣化が進んでいて、透明感がかなり失われています。そこへ強烈な西日が差し込み、景色がかなり見づらい状態。せっかくの車窓路線だけに惜しいところです。

いくつもの川を渡るたびに山深さは徐々に薄れ、風景も穏やかなものへ変化。

豊後大野市の中心駅・三重町駅を過ぎ、列車が北へ進路を変えると、右手には大野川が並走し始めます。川幅もかなり広くなっており、豊肥本線の旅が終わりへ近づいていることを感じさせます。

その後、大きく左へカーブして日豊本線へ合流。大分川橋梁を渡ると、終点の 大分駅 に到着しました。

普段はあまり感じませんが、今日はさすがに達成感があります。長距離移動だったからというより、豊肥本線を完乗し、九州を横断したという事実が大きいのでしょう。

それに加えて、次々と景色が変わる変化に富んだ車窓。振り返ると、本当に楽しい列車旅でした。

明日は朝が早いので、夕食は駅ナカでサクッと済ませることに。

とり天

空腹だったので移動中に店を調べていたのですが、夜になると居酒屋営業中心になり、大分名物を定食スタイルで食べられる店は意外と少ないんですよね。

そこで向かったのが、豊後にわさき市場内にある 豊後茶屋 。

注文したのは、大分名物・とり天定食。しかもご飯大盛りです。

サクサクの衣に包まれた鶏肉がたっぷり盛られており、かなり食べ応えあり。「かぼすポン酢」と「からし」を付けて食べるのが大分流で、これがまた美味しい。歩き回った1日の締めにぴったりの夕食でした。

大分の宿へ

今日の宿は駅から少し離れたカプセルホテル。

まず駅の外へ出て驚いたのが、大分駅の立派さです。さすが人口47万人超の県都だけありますね。

大分駅は2012年に高架化され、2015年には駅ビル「 アミュプラザおおいた 」などがオープンしたそうです。

駅前から続く商店街を歩きながら宿へ向かいましたが、すでに閉店時間帯だったため、人通りはやや少なめでした。

今夜の宿は ニューグロリアホテル大分 。安さと大浴場で選んだのですが、駅から約1.2km、徒歩15分ほどあり、思ったより距離がありました。

ビジネスホテルの中にカプセルゾーンが併設されているタイプで、どこか昭和っぽい雰囲気。天然温泉の大浴場でしっかり温まり、1日の疲れもかなり癒やされました。

しかもカプセルフロアはエアコンがかなり強め。暑がりには最高の環境です。

最近は、ユニットバス付きシングルよりも、大浴場付きカプセルのほうが自分には合っている気がしています。もちろん理想は「大浴場付きのシングルルーム」ですが、そういうホテルはどうしても値段が上がるんですよね。

今回の旅は全日程で大浴場付き宿泊施設でした。かなり満足度が高かった。夏なので日中の汗を大浴場で流して、エアコンで火照った身体を冷やすのが最高ですね。

そして、ここ大分駅からはいよいよ一気に滋賀県の自宅へ戻ります。明日の移動距離は765km。

達成感に浸った今日の移動距離は約370km。それでも、明日はその倍以上を移動することになります。